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2018/04/30

麻薬的に気持ちい異世界転生ものというジャンル

ここ2~3年でいわゆるなろう系からのアニメ化も増え、自然と目にし見る機会も多い異世界転生ものというジャンル、流行りのジャンルだけあって批判する向きも多いけど、自分は決して嫌いではない。
いやどちらかというと楽しんでしまっている方だと思う。
ぶっちゃけそれより少し前にラノベ系で流行っていた異能魔法学園バトル(でいいのかな?)よりはすんなり楽しめている。

最近思うのはこの異世界転生ものって若者よりもおっさん中年向けのジャンルなんじゃないかと思っている。

なんでそう思うのかというのを雑に語りたくなったので、ちょっとまとめたいと思います。
はっきりいって取り留めなく書く、特に考えがまとまっているわけではないので、あまり期待しないでください。

(異世界転生といってもここでは、異世界(ゲームの世界含む)に主人公が行き活躍するものすべて含みます)

とりあえずアニメ化されたものだけでもお気に入りな作品としては、少し前のものも含めてGATE、オーバーロード、ログホライゾン、このすば、ノーゲーム・ノーライフ、ナイツ&マジック、幼女戦記、と結構ある。
デスマーチもこりゃダメだと思いながらも結局最後までみてしまった。
「転生したらスライムだった件」はコミック版から入って、なろうのサイトで小説の方もかなり読み進めました。
今また「スライム倒して300年」を読み始めてしまった…
たぶん流行からは少し遅れてるとは思うんですが

おもにアニメで見ているものが多いので小説としての出来云々とかは、とりあえず置いときます。
少なくともアニメ化までされた作品は、それなりに質と面白さがあったからこそ生き残ってアニメ化されたんだろうな、フィルターされてるんだろうなと思うので。
数が多いだけに批判されても仕方ないものが多いのも事実なんじゃないかと思うけど、それは流行ジャンルの宿命でしかないと思うし。


で、よく批判されている要素の一つに、ファンタジーとしてダメだ見たいな批判をよく目にするのだけれど、これは少し筋ちがいなのかなと。
要は、異世界=ファンタジーではあるけれど、そこに描かれている「ファンタジー」はTVゲームのRPG的な世界であって、指輪物語に代表するガチのハイファンタジーではないから駄目だという言説。
これは読者も書き手も結局TVゲーム的RPGの世界に行って遊びたいのであって、新しい設定や細かい世界観を見たり理解したりを楽しみたいわけではないのだと思う。
おっさんになると悲しいかなあたらしいものを取り入れるのがつらく億劫になる。
なので、オークだのエルフだの知っているものが出てきて、冒険者だのギルドだの馴染んだ世界設定の方がストレスなく世界になじめてしまう。
その方が楽なのだからしょうがない。
ここはいわゆる正統な「ファンタジー」とは別種のジャンルと思ってもらう方がいいと思う。
中年おっさんはハイファンタジーも一通り嗜んだうえで、このゲーム的なRPGの世界に安住の地を求めてしまっているのではないかと思うのだ。

あとこれはすべての作品というわけではないので一概にはいえないとは思うのだけど、このジャンルの主人公は少し年齢が高い。
転生前が30前後のサラリーマンだったり何らかの職業的スキルをもって働いていたり。
ちょっと特異な知識や経験を生かして異世界で無双するというパターン。
これって一種の成り上がりものとしてみることもできる。
10代の主人公にありがちな成長や苦悩、葛藤というのは無縁で、ただその能力で無双して成り上がって成功していく、また前世での経験や失敗を踏まえて、ピンチに対して上手に対処し失敗を回避し二度目の人生として上手くやっていくことによって、その世界を生きること肯定している。このパターンが最高に麻薬のように気持ちいい。
そういう意味では序盤だけが好きだったりする作品も多い。(成り上がって以降はわりとどうでもよくなってしまうのよね)
さらに無双することによって主人公が周りから称賛され承認されちやほやされ、さらに登場キャラたちと主従関係が結ばれてかしずかれる尊敬されるのも麻薬的に気持ちいい。
あとこれもごく一部でしかないし、かなり個人的な趣味に基づくかもしれないが、奴隷の女の子を開放したり差別的扱いの種族の女の子を庇って平等に扱い、惚れられるパターンも麻薬的な心地よさがある。

甘い甘い心地よい世界の作品が受ける、というのは昔も今もそれほど変わっていないのではないかと思う。
それがハーレムものだったり、異能学園ものだったり、日常ものだったりジャンルを少しづつ変えているだけで。
それを否定したらオタクコンテンツそのものの否定だ。

ただ最近の異世界転生ものに関しては、これが若者に受けてるの?ほんと?おっさんむけじゃないの?と思ってしまうくらいに、おっさんが癒される要素満載なんだと思うんですよね。
おっさんであるところの自分には、あ、やべえなぁと思ってしまうくらいに麻薬的な心地よさがあると最近自覚してきてしまったので、まあ服用はほどほどにした方がいいのかなあ、と思わなくはないのですが。

たぶん否定したがる人たちは、その麻薬性に気づいているからだと思うんですよね。





転生したらスライムだった件は成り上がっていくのが最高に気持ちよくて困る。




主人公の女の子が過労死で死んだので転生して不老不死にしてもらいスローライフするっていう、自分がもやもや考えてたことそのものずばりの内容だった。

2018/03/30

「宇宙よりも遠い場所」感想。青春ものとしてのバランスと冒険ものとしての面白さ

1クールもののオリジナル作品として、まごうことなき傑作でした。
1話から最終回の13話までほぼ最後まで息切れすることなく、途中何度も泣かされるエピソードを連発してのワンクール。そのシナリオ、構成はほぼ完ぺきといっていいくらい巧みで練り上げられていたと思う。

本作がノーゲーム・ノーライフでヒットしたいしづかあつこ監督を中心としたスタッフで作られていたことから、マッドハウスがこの作品に以下に力を入れ、いしづか監督に信頼を寄せていたかも伺える。

個人的にこの作品のどこが一番良かったのか、というのを考えると、おそらく青春ものとしてのバランスの妙にあったと思う。

現代の高校生くらいの女の子を主人公にした作品の舞台は、学校に限定されがちで、部活などの小さなコミュニティをメインにした日常や人間関係を描いた作品にやや偏りがちではないかと思う。
そういった作品の大部分が、ゆるくて居心地のよい箱庭的な世界での日常か、正反対に真摯であったりほろ苦さを含んだ関係や恋愛を描いた青春ものであるか、おおむねどちらかに振れているのではないかと思う。
直接的なわかりやすい例を出すなら前者は「けいおん!」であり後者は「ユーフォニアム」だろう。
どちらも素晴らしい作品であることは認めつつも、個人的には「けいおん!」はゆるすぎて「青春もの」としては物足りず「ユーフォニアム」はガチすぎてちょと辛い。

「宇宙よりも遠い場所」はその中間というか、青春ものとしてゆるすぎずガチすぎず、ストンと心に落ちてくる、ちょうどいいバランスの上に成り立っている。

女子高生が目指すものが、「南極に行くこと」であるという素材のチョイスも絶妙で、非日常的で「女子高生」からイメージするものから距離がありつつも、戦車よりもリアリティがあり絶対に不可能とは言い切れない。
ゆるすぎず少し高めのリアリティラインを守りながらも、日常からいい塩梅で逸脱しているおかげで、「ガチ」な青春ものとしてリアルな重さや生々しさに落ちいらずに済む。
視聴者の立場からは、これはフィクションだからという言い訳が成り立つので、多少の重さや青臭さがこちらを切り付けてくる恐れがない。
キャラの描写も逸脱しない程度に崩されて、シリアスにより過ぎないゆるさもしっかり担保されている。
このバランスの上で青春ものとしてのドラマを次々と放ってくるため、無防備になった心の隙間に入り込み、涙腺をガンガン決壊させられてしまうのではないかと思う。


本作のもう一つの魅力は、青春ものでありながらこれが現代を舞台にした見事なまでの冒険ものであるからなのではないかと思う。
如何に女子高生が南極にたどり着くのかという物語は、これだけでも想像力を刺激し、十分ワクワクしてくる。そこをテクニカルにリアリティを逸脱することがなくせいりつさせた構成だけでも見事なのだけれど、さらに本作はその上をいっているのだ。
物語の大筋をざっくりまとめるとだいたいこんな感じでまとめられると思う。

「冒険を夢見ながらも勇気がもてず踏み出せずにいた少女(キマリ)が、失った母の眠る未地の場所(南極)を目指す孤独な冒険者(報瀬)に出会い、共に目的地を目指す旅に踏み出す。その過程で仲間(日向、佑月)を得て友情や絆を深め、困難に立ち向かい、ついには目的の地にたどり着き、孤独だった冒険者は、そこで失ったものを取り戻し、大切な宝を手に入れる。」

ファンタジーものでも十分成り立ちそうなプロットであり「冒険」に必要な要素がしっかりとそろてっているのではないだろうか。
冒険ものを現代で成立させるのは、かなり難しい。
それをこの作品は見事に成しえている。
そういう点においても、かなり稀有な作品であり、成功例なのではないかと思う。













2017/02/09

「けものフレンズ」からうける味わったことのない感覚

今、けものフレンズが最高に面白い。

現時点で5話放映済みといったところで、ネット界隈でも
「すごーい」「たーのしー」と妙な盛り上がりを見せ拡散中。
様々な作品考察、感想など日々あげられているのですが
個人的にも、この「けものフレンズ」という作品に感じている魅力とはなんなのかを
まとめておこうと思います。

自分が「けものフレンズ」という作品に感じる魅力、それを一言でまとめてしまうと

「今まで味わったことのない感覚を味わえる」

といったところでしょうか。

ではその味わったことのない感覚がなんなのか、順をおって説明していきたいと思います。

「けものフレンズ」の1話をみた段階での予備知識として持っていたものは、原作はアプリゲームですでにサービスが終了している。動物の擬人化美少女ものである、という二点だけ。
ほぼ何も知らない状況で1話を見た時の感想としては、「あ、こりゃダメなアニメだ」だった。
この内容のなさで30分枠でやるのかというテンポ、CGはやすっぽい。サーバルちゃんはお世辞にも演技巧いとは言えない。見ているとだんだん頭が悪くなっていく、ゆるさとほわほわさ。

正直、1話で切ってもおかしくない中身と出来だったといっても過言ではなかった。
しかし、このゆるさとほわほわした感覚、疲れた体と心には心地いい気がして、なんとなく2話もみてしまうことになる。

2話前半、1話に続きゆるゆるほわほわ、面白いかといえばそんなに面白くない。
しかし後半壊れたバスを見つけ、フレンズたちと協力してバスを直す。が、バッテリーが切れていて充電する必要がある、と3話へと続く。この流れの中で、ひとつ気づく。
この物語、作品の構造が、未知の世界を探検していく冒険ものであるということに。
そして謎解きのアドベンチャーRPGのようなクエストの発生とクリア、目的の達成を繰り返しあるいは連鎖させていくことで進んでいるのだということ。
それがわかると、2話が少し面白く感じてくる。

そして3話、2話のバスに続き、朽ちて使われなくなったロープウエイが登場する。2話で感じた冒険RPG的要素の面白さはさらに補強れ、さらに、ここに至って、どうもこのジャパリパークはすでに廃墟になっているのではないか、という疑惑が明確になってくる。
遊園地の廃墟がモノクロで映し出されるEDが、すでにそれを暗示しており、その疑惑を補強し、それまで、それを暗示する情報が、3話までの間にちりばめられていたことに気づく。

けもの少女がゆるゆるほわほわなんかしている表層のイメージで隠蔽し、徐々にその作品世界の様相を明らかにしていく。
その作品構造の裏が実は、本格的なSFであり冒険ものであることを、3話まで小出しにされ情報から類推し、気づいたものだけが気づくように配置されている。
その構成の巧みさにしびれる。
しかしあくまでこの作品の主体は、けもの少女のゆるゆるほわほわの、「すごーい」「たーのしー」に集約される。
SF的冒険もの的これらの要素はその従であることは間違いないはずだ。

表層であり主体であるかわいいけもの少女のゆるゆるほわほわ、それと同時不意に伺わせる不穏なイメージと本格SFと冒険もののハードな側面。
この2つを両立した作品を少なくとも自分は知らない。
故に「味わったことのない感覚」をおぼえるのだと思う。

そしてもう一点、この作品でしか味わったことのない感覚、それはヒトとけものの関係性描き方にある。

主人公であるかばんちゃんはヒトであるらしい。
ヒトなのかヒトが「フレンズ化」した存在なのか、かばんちゃんが記憶をなくしているためにそこははっきりと明示されていない。
しかし、かばんちゃんはフレンズたちにとってはおなじ「けもの」であり「フレンズ」であると認識されている。
かばんちゃん自身も自分が「人間である」という自覚がなく、サーバルちゃんと同じけもの、フレンズであると思っている。

これは、非常に特別で重要なことなのではないかと思う。

人語を解する動物や擬人化された動物、獣人が出てくる作品というのは少なくない。
そういった作品の中で、登場する「人間」は、どちらかといえば、けものたちにとって、悪であり自分たちの領域を犯すあるいは奪う存在として描かれることが多いのではないか。
人間とけものが良好な関係にあってもなお、けものと人間の間にある差異や壁を描き、その境界、対立の克服を謳ったり願ったりするものが多くを占めているという印象が強い。
そこにはヒト種が、自然界のルールから外れ、環境破壊や絶滅種を生む原因になっている業を背負ってしまっているがゆえに、いわゆるエコロジーのテーマ的、思想的範疇から作品や世界観が呪縛されてしまっているからではないかと考えられる。

「フレンズによって得意なことは違うから」
サーバルちゃんがかばんちゃんにかけるこの言葉が象徴するように「けものフレンズ」の作品世界において、フレンズは「フレンズ化」する前の動物だった時の特性を持ち合わせていることが、描かれている。
そしてヒトである(と思われる)かばんちゃんは、その特性である「知恵」を使ったり、提供しながら問題を解決していく。
そしてそのたびに周りのフレンズたちに「すごーい」と感心され、肯定される。
ヒトがヒトであることをけものに褒められる。
「あなたは○○が得意なフレンズなんだね、すごーい!」と。

「けものはいてものけものはいない」というOPテーマの歌詞にあるとおり、他作品で「のけもの」として扱われる「ヒト」は、「けものフレンズ」の世界では同じけものの仲間「フレンズ」として同列に扱われている。
そこに対立構造や壁、境界は存在していないのだ。

「ヒトと動物が共生する世界」はこれまで、多くの作品で理想、遠い夢とされ、それを阻害する人間と動物の対立構造や壁を克服するものとして描かれてきた。
しかし「けものフレンズ」はその「理想の世界」を描いている。
それは今まで描かれたことのないヒトが望んだユートピアなのか?それはまだわからない。

ただ、今、少なくとも自分は、ここに描かれた世界に、味わったことのない不思議な感覚を味わっている。

それなりに生きて、それなりに色んな作品を見てきたつもりでも
まだ、味わったことのない感覚があった。
その驚きと興奮が「けものフレンズ」にはある。

故に「けものフレンズ」という作品に魅了されてやまないのだ。

2016/12/26

「この世界の片隅に」
公開から一か月以上、見てからだいぶ間があきましたが、そろそろいいかなーというところで感想です。

巧すぎる。
すごくいい映画。
でも遠すぎる。

超絶短くまとめると以上です。

見た直後は、いい映画を見たという以上の感想が出てこなかった。
だっていい映画としか言いようがないんだもの。

いい映画だと思えるのは、それがこの映画が巧すぎるからでもある。
技術的に優れているところがあるなら、ここのあそこがすごかったよかったという感想がでてくるが、この映画は全編が細部に至るまで極まっているうえで、その技術の高さを誇示するような作り方をしていない。
巧すぎるがゆえに巧いことを気にさせない。
映画という世界への没入を阻害させない、正しい技術の使い方がなされているので、素人がとやかく言うのはおこがましいのではないかと思えてしまう。

しかし戦争とその中で生きる人々の日常という題材は、自分にとって遠すぎる。
広島・呉という舞台もなじみがなく、登場人物の立ち位置も、自分からは遠い。
遠い場所、違う時代生活している人々、けれどそこで何が起きるかは知っている。
遠い世界知らない時代でありながら、映画を見ている間は近くに感じつつも、そこであったこと、起きたことに、そこから遠いところにいる自分が言えることなんてなにかあるのだろうか、と。
共感も反発も自分の中に見出すことはできなかった。
なにか感想を持つには遠すぎるのだ。

故に「いい映画」だったいう感想しか自分の中からはでてこなかった。


ここから余談。

自分にとっての不幸は、片渕監督を知りすぎた上で「この世界の片隅に」を見てしまったことなのではないかと思う。
もし、事前になにも知らずにこの映画を見ていれば、もっと別の感じ方をしたかもしれないし、
すごい映画をみた!傑作だ!みんな見よう!
と騒いだかもしれない。
が、それは「マイマイ新子」の時に通り過ぎた地点だったので。

片渕監督のことを意識するようになったのは今は亡き名作劇場枠で制作された「名犬ラッシー」でした(古参アピール)
「名犬ラッシー」の緻密で丁寧な少年少女の人物描写心情描写に、この人が名作劇場の監督続けてくれたら名作劇場は安泰だ!と当時そんなこと思っていましたが、すでに名作劇場の枠は命脈が尽きていてまもなく消滅してしまいました。

その後「アリーテ姫」を映画祭の上映で見る幸運に恵まれ、その時点で片渕監督が高畑勲監督の後継足りうる実力と可能性を持った存在ではないかと期待を寄せるようになった。
そして「マイマイ新子」に至るわけですが、ご存じの方は多いかもしれませんが、「マイマイ新子」は興行的には惨敗でした。

「マイマイ新子」はその傑作ぶりと大惨敗の不幸ぶりで、一部熱心なファンを獲得し地道な上映運動などを経てじわじわと拡散していき、さらにそこから今回の「この世界の片隅に」のクラウドファンディングでの制作実現へと見事な復活劇を演じて見せたわけです。

ちなみに自分はこのクラウドファンディングに出資していません。
期待する監督、制作者の出資して応援する。ということ自体は意義も価値もあることでそれ自体は素晴らしいことであり否定はしない。
ただ、個人的な考えとして「期待した監督に金出して作ってもらった映画が自分の期待を裏切った時や望むものと違った時が怖い」「出資してしまったら出来上がった映画の感想を素直に言えなくなるかもしれない」というところから二の足を踏んで出資をためらってしまった。
と、同時に片渕監督にはすでにマイマイ新子で獲得した熱心で活動的なファンが多数いるので、もう安泰なんじゃないのか、と。
ある意味この映画は「マイマイ新子」の復讐戦であり、その戦闘要員として参加していれば逆に祭りとして、もっと楽しめたかもしれないのだけれどその道は選ばなかったので、もう見る前から気持ちは複雑。

そういうなんやかんやを含めた過程を経て「この世界の片隅に」は出資したとかしないとか関係なく「素直な感想」なんてあるわけがない状態で、見に行ったわけです。

そうして見て出てきた感想は、実にフラットに
「いい映画だった」
というシンプルなものでした。


2016/12/18

ViVid Strike!総評&感想

ViVid Strike!
全話視聴完了ということで、総評&感想です。

先に簡単簡潔に総評を述べるなら

始まる前の不安と不信、期待の低さをぬぐうくらいには、面白かったし意外とよかった。
なのはシリーズの末席においても遜色のない作品足りえたのではないだろうか。
でも、おしい。

です。


さて本論に行く前に、この作品に至る経緯を簡単に。

そもそもこの作品、リリカルなのはシリーズのひとつである「リリカルなのはⅴivid」の続編ということに一応なる。
なるのだけれど、「なのはvivid」自体は実際には完結していない。
漫画版は現在も連載中であり、アニメは漫画版の途中までしか制作されていない。

その上で、「なのはvivid」の世界の時間軸を少し先に進めて、主人公を新キャラに変えての新作、ということになる。
しかも伝統の「リリカルなのは」の冠を外して。
製作発表時、正直、いったい何がどうなってこうなったのか困惑したというのが、正直なところだ。

「なのは」をタイトルから外したことで、なのはやフェイトを作品にだす意思がないのだろうということは想像できたし、メインヒロイン二人のキャストが、キングレコードの売り出し中の水瀬いのりと小倉唯ということで、世代交代を進めようという意図なのだろうということも想像できた。

しかし問題は、キングレコード、制作サイドに対する不信感をぬぐえない、というところにあった。
なぜ「なのはvivid」の二期はやらないのか、ソフトがなぜ発売されないのか(この時点ではまだBOXの発売が発表になっていなかった)
劇場版3rdはどうなっているのか。
そして田村ゆかりがキングレコードを離籍して間もない、このタイミングで、「なのは」を冠しない「なのはシリーズ」をやるという意味はなんなのか等々。

どうも表にでてこない「大人の事情」が渦巻いていて、なにやらいびつなことになっているのではないか、という不信と不安だらけで、口を開けば毒を吐きそうになるので、とりあえずここは静観して結果を見届けようと、ここまで黙ってきました。


といったところで、全話見終わったので感想です。(前置き長い)


(以下ネタバレ含みます)


11話で
リンネに
勝って欲しかったああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

と強く思ってしまうくらいに、なんだかんだでこの作品途中から楽しんでみていましたw

最初に、おもしれえと思ってしまったのは、やはり問題の4話。
キャラの暗い過去でいじめられていた、というのはままある。
で、そういうのを見せられて、視聴者側がそのいじめっ子ボコりてえ、氏ねとか、思ってしまうのもよくあることではないかと思う。
でも、そのいじめられていたキャラが本当に復讐して、いじめっこをボコってしまう、て普通やんないだろ!!
という、予想外の面白さが発生したのが、まず第一段階

そして8話。
リンネvsヴィヴィオ、新シリーズの主人公対全シリーズの主人公
この後にはフーカvsリンネのカードが控えてることを考えると、ヴィヴィオがかませ役を担わされて敗北となるのが、セオリーだろうと思うのが自然だろう。
ところがこれがセオリー通りにいかずヴィヴィオが勝ってしまう。
この時点で予想外の事態が発生したの二回目、これがが第二段階となる。

こうなると、リンネvsフーカの勝敗についても予想どおりにいくとは限らなくなる。
ぬぐえぬ過去と罪を背負って苦悩を抱えるリンネを救済するために、フーカがリンネに戦って勝つ。
少年漫画的セオリーなら、間違いなくフーカが勝つのだけれど、いままでセオリーを二回外されているために、本当にセオリー通りにいくかあやしくなる。
何よりフーカが格闘技初めて4ヶ月とか言ってるのを見ると、ヴィヴィオに二回負けて、作品上でもぽっとでの印象で何かを積み上げて来たものがあるようには思えないくらいに描写の薄いフーカにリンネが負けるのは、いまいち納得できないし、なによりリンネがみじめすぎる。
なので超個人的には、リンネに勝って欲しい、リンネが勝つとこが見たい、と思ってしまう。
この時点で作り手の術中にはまっているとも言えなくもないくらいに、作品を楽しんでしまっているといえるだろう。

しかし、結果としてリンネが敗北して、第三段階には至らなかったのが残念でならない。
三度目のセオリー破りがあれば、自分はこの作品をもっと高く評価したかもしれない。

とはいえリンネVSフーカは最後までどちらが勝ってもおかしくない、予想がつかないバトルになってハラハラドキドキがあって面白かったことは事実だ。
それもこれも、予想ができない、予想が外れるという前段階を築くことができたからだろう。


結局終わってみれば、女の子同士が思いを伝えるために拳で語り、友情を深めるという、無印なのはの骨子を形を変えて再演し、リリカルなのはシリーズの一作として通底したテーマを内包していると思わせるに足る作品になったといえるのではないかと思う。
何よりなのはシリーズが好きな人間にとって、「ストライク」かどうかはさておき、「こういうのが見たい」というところを大きく外した作品にはならなかったとは思う。

ただ惜しいなあと思う点もある。
新キャラ、小倉唯。水瀬いのりキングの若手ホープを売り込むことがこの作品の至上命題であるなら、旧キャラの出番はもっと少なくてよかったのではないかという点。

正直始まる前は、旧キャラはライバルポジションで話にそこまで大きくかかわらないと思っていたのだけれど、ヴィヴィオの存在はなんだかんだで大きく、「なのはvivid」を前提知識として知らなければ作品をより楽しむうえでは厳しいのではないかと感じてしまう。
なのはシリーズをよく知らない人が見て楽しめたのかどうかちょっと心配ではある。

ともあれ
この作品が大好きななのはシリーズの鬼子にならずに済んで、正直ほっとしている。
これで、劇場版3rdへのはずみになれば、なお良いのだけれど。



その他余談。

中途見ていてこの作品が随所に「はじめの一歩」リスペクトが仕込まれているように見えて、そこも見ていて面白かった。
リンネがハードパンチャーで肉体に恵まれている一歩のスタイルなのに対して、ヴィヴィオが非力で肉体的に恵まれていないが、あて感と目の良さに根差して、カウンターヒット主体の宮田タイプ、その上フリッカー使いの間柴のハイブリッドで、一歩対宮田(プラス間柴)の仮想対戦を見ているようだった。
またリンネがコーチとの厳しい特訓の積み重ねの上に仕込まれたがゆえに無意識の上に放つことのできた一撃などは、まさに鴨川会長と一歩の師弟関係そのもの。

どんだけ一歩好きなんだよ、この作品w

余談その2

リンネvsヴィヴィオ戦
持って生まれた才能、ギフトの差、違い、そのうえでの努力の積み重ねの上でわかれる勝敗。
結果だけ見れば、肉体的なギフトに恵まれたリンネはヴィヴィオにとって勝たなければ作品のテーマが破たんしてしまう相手だったんだよなあと。
ヴィヴィオは格闘技が好きだけれど、肉体的には格闘技向きではない、それでも強くなるためには、勝つためにはどうするべきか、という中で自身の格闘スタイルを確立していく過程を描いているのが漫画版なわけで、リンネvsヴィヴィオは漫画版で到達していなかったヴィヴィオの格闘スタイルの到達点を見ることができた、という点でもリンネvsヴィヴィオはシリーズを追ってみている身としては熱かったのだけれど、ここでそれ見せてどうすんねん、という気がしなくもない。

でも才能も積み重ねた努力もあるリンネが、4ヶ月のフーカに負けるのはやっぱり納得いかない。

やっぱりリンネに勝ってほしかたああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ


2015/10/26

アイドルマスターシンデレラガールズ2ndシーズン 感想

最終回からちょい空きましたが、私的感想まとめておきます。

1stシーズンで感じていた感じていた違和感のひとつ
(参照:至好回路雑記帳: アイドルマスターシンデレラガールズ(ファーストシーズン) 感想
は、この作品、ストーリーの中核があくまで島村卯月に置かれていて、24話で卯月がS(miel)ING!を歌うクライマックスに向けて、すべて計算されて構成されていた、というこっとがはっきりとわかり納得した。
いや納得したというより、おそれいったというか舌を巻いた。
しぶりんとの出会い、1stシーズンでの未央の失敗から成長といった諸々のエピソードが24話に、向けての伏線、仕込みだったのかということと、S(miel)ING!という卯月のもともとの持ち歌の歌詞に含まれた意味をきちっとすくい上げて構成し、強い意思と目的を持ってこの物語が語られていたということに。

しかし、その完成度の高い構成、かなり計算された物語であるがゆえに、まったく別の違和感、疑問がわいてきてしまった。

2ndシーズンに入ってから「シンデレラ」の童話になぞらえて、「お城」「舞踏会」「魔法」「灰かぶり」というキーワードを使って、アイドルという存在や卯月の置かれた状況について描かれる場面が度々ある。
普通の女の子である卯月がキラキラ輝くための「魔法」、女の子があこがれる「舞踏会」、舞踏会が開かれる大きくてきれいな「お城」
プロデューサーという魔法使いに「アイドルになる」という魔法をかけられ、女の子たちが舞踏会というステージに立ちキラキラ輝く。その舞踏会を用意する大きな事務所が「お城」といったところか。

しかしここで疑問がわく。
「シンデレラ」につきものの「意地悪な継母と姉」「王子様」はどこに行ってしまったのかと。
「意地悪な継母」が舞踏会への道を阻む障害、現実と解釈するなら、これは美城常務と解釈することもできる。
「継母」というキーワードを出さないのは、まあそこは察してくださいということで理解できるのでいいとして、では「王子様」は?となる

「王子様」は舞踏会に現れた見ず知らずの少女に心奪われ、「魔法」がとけ会場から消えたその少女をガラスの靴を手がかりに探し出し求婚する、というのが「シンデレラ」の一般的な物語だ。

では魔法がとけて灰かぶりに戻ってしまった卯月を救うのは?

シンデレラの童話になぞらえるならば、「王子様」役を担わなければならないのは、プロデューサーでもなく、周囲の仲間、アイドルたちでもなく、卯月の「ファン」でなければならないのではないのか?

プロデューサーや未央たち仲間の支えで自ら立ち直り、またステージに立つことができるようになる、という24話の流れは、もう一度「灰かぶり」が魔法を信じて魔法をかけられて舞踏会に戻っていく、ということであり、そこに「王子様」は不在である。
 これが、ファンの存在や声援がきっかけになって卯月が立ち直るという流れならば「ファン=王子様」という解釈が成り立つが、そうなってはいない。

24話で卯月がステージに立ち言葉をつまらせるシーン、仕事をしばらく休んでいて久しぶりにファンの前に姿を出して声をつまらせている、あのシーン。自分が卯月のファンならあそこで黙っていられるだろうか、あの状況で声援を発しないファンがいるだろうか。
卯月が歌いだしたとき、見守っていた仲間のアイドルたちが喜ぶリアクションが映されるが、本当にうれしいのはアイドルたちだけだっただろうか、あそこにいた卯月のファンたちのリアクションは?

あそこには「観客」はいても卯月の「ファン」はいない、下手をするとそう見えてしまいかねない。

ここのシーンにかぎらずシンデレラガールズという作品において、ファンの存在感は極力避けられ、物語の中核からは排除されている。
なぜそうなっているのかといえば、それはアイドルマスターというコンテンツの特徴に起因するものであるといえるだろう。
アイマスというシリーズ、コンテンツの特徴はプロデューサーとアイドルの関係を中心にすえられているところにある。
ゲームではプレイヤーはプロデューサー役であり、アニメにおいても視聴者の視点はプロデューサー視点にあることを重きに置かれている。
そのアイドルとプロデューサーの関係が物語の中核であることが求められ、そうであるが故にその外部は極力排除されている。


しかし普通の女の子がアイドルとしてキラキラ輝けるのは、魔法やお城や舞踏会のおかげだけなのだろうか。
シンデレラを見初めてくれる王子様=ファンの存在があって初めて「普通の女の子」でもキラキラ輝ける、輝き続けることができる。
アイドルという存在、あるいはアイドルというジャンルを考察するとき、それを支えるファンの存在というのは決して小さいものではない。

しかし、アイマスというコンテンツにおいてファン=プロデューサーであり、そうあらねばならない。
あくまでアイドルを支えるのはファンでありプレイヤーであり視聴者である「プロデューサー」でなければならない。
だからそれが分離して見えてしまうような描写はさけねばならない。
 アニメのシンデレラガールズはその不文律を忠実に守っている。
その不文律を守っているが故に突き詰めて構成した物語の中にどうしても「王子様」というピースをはめることができず、それをなかったこととして絵を完成させたが故のいびつさ、完全であるが故に感じてしまういびつさをのこしてしまったように思えてならない。

島村卯月というキャラは、個性的なキャラがひしめくシンデレラガールズの中で、「普通」である「個性がないのが個性」という特異的なポジションにある。
しかしそれはアニメ的にはヒロインの資質でもあり、没個性であるが故に物語の中心でいられる。
故に島村卯月がこの作品の主人公、中心として物語が構成されたのは必然であったと同時に、アイドルものというジャンルを作るうえで最適だったともいえる。
だが同時にアイマスというコンテンツのひとつの限界を垣間見せてしまったのかもしれない。

それでもアイドルマスターシンデレラガールズというアニメがすごい作品だと思うのは、すでにコンテンツとして巨大になりファン=プロデューサーさんたちの期待や思い入れを背負う「お城」になり、その「お城」のイメージ、権威を損なわないだけのものをつくり、アイドル=声優たちの個性を輝かせ今もまた魔法をかけ続けているからだ。

もしかしたら、シンデレラガールズは、アイマスの今を描ききった作品なのかもしれない。






2014/04/11

【雑感】アニメ視聴体力の衰えについて

アニメを見る上で必要なものとして「視聴体力」というものがある。
そしてそれは歳をとるとともに衰えていく。

と、以前から感じていて、同様のことを考えているている人をちらほら見かけるのだけれど
いままで、それを漠然としたものとし、そのアニメ視聴体力の衰えをここ最近また強く感じ始めたので、ちょっと改めて深く考えてみたいと思います。

現在40歳、視聴体力が落ちてきたなあと感じたのは30半ばくらいから
歳をとるとともに単純に多すぎる新作アニメを見るのがつらくなり、徐々に本数が減っていく傾向にあったためにそういう風に思っていたのがきっかけではあるのだけれど、ここ最近は毎期ごとの新作アニメの録画の再生ボタンを押す手が重い、というところまできてしまった。

新作アニメを見よう、見たいというモチベーションはあっても、なんとなく体が拒否している感じ。
これはなんなのか。
疲れているとき、特に集中力がなくなっている時にアニメを見ようと思っても中々気が進まない。
それが新作アニメとなると、新しいキャラクター、新しい設定、世界観をいちから理解し覚えなければならないため既存のシリーズ作品や継続作品を見るよりも、余計に集中力を使い脳みそをフル回転する必要がある。これが結構疲れる。
そのために新作アニメを見たあとの疲労感を想像して見るのを躊躇してしまう。
これは、二十代のころはほとんど感じる事のなかった事象で、本当の意味で肉体的な衰えが、集中力の衰えに直結していて、集中力がいかにアニメを見る上で必要であるかを実感するようになった。
これが自分がそう呼んでいる、いわゆるアニメ視聴体力というものだ。

いってしまえば単に集中力の問題ではあるのだけれど、この視聴体力が衰えるといろいろアニメを見る選択、好みにも影響がでてくる。

たとえば学園ラブコメものとSFロボットアニメ
どちらが視聴体力を必要とするかといえば後者だ、学園ラブコメは舞台装置は大体同じで物語もパターン化されているのでさほど理解力を必要としない、キャラの相関関係さえわかれば事足りるので、視聴体力をあまり必要としない
しかし、SFロボットものや異世界ファンタジーものは、世界観、設定が理解できないとまず作品世界になじめない、物語の進行も連続性が高く、謎や伏線を抑えて理解していかなければならないために集中力、記憶力を要求され、視聴体力をかなり必要とされる。

また作画や背景の緻密な作品、というのも画面から得られる情報量が過剰なため、やはり集中力を必要としてしまうため見ていて疲労する。
これはもともと情報量の多いSF系の作品だけに限ったこととは言えず、昨今のクオリティの上昇で一部の日常系作品も作画が緻密になり情報量が上がっている。
そういう意味ではPAワークスや京都アニメーションあたりの作品は、かなり見るのに体力を要すると感じてしまうことがある。

加えていうなら、好みや興味に左右される部分もあり、自分の関心の低いジャンルや苦手意識のあるものはやはりつらくなるり視聴体力を大きく奪われる。


一方で、好みのジャンルであるとか、そもそも情報量が少ない作品というのとは別に、視聴体力を気にせず見られる作品というものもある。
作品のジャンルにあった適度な作画の情報量、見る側に設定を理解しやすく提示するために整理されたシナリオ、そして何より視聴者を飽きさせない巧みなコンテ演出、これらのそろった作品ならば、視聴体力を意識せずに見ることができ、次回も見ようという気にもさせてくれる。
逆に情報量過多でコンテの不味い作品は見終わった後の疲労感が半端なく次回を見ようという気力が減退してしまう。
ちょうど整地されたまっすぐな道とまがりくねった未整備の悪路、歩いてどちらが体力を使わずに済むかといったところだろうか。
楽しい、面白い、はやく続きが見たい!と思えれば、あとは視聴体力なんてものは気にすることなくみられるのだけれど、一話で乗り切れなかった作品を継続して見るのはどうしても視聴体力を必要としてしまうのだ。

もちろんこの視聴体力を使わずに見る方法というものもある。
それは集中せずに適当にみればいい。
ネットしながら、実況しながら、スマホいじりながら、流し見する。
たださすがにこれを新作の1話でやる気はしないし、スロースタートでじっくりと見せていくタイプの作品というのもあるので、これはちゃんと見たほうが楽しめるだろうなあと思う作品では、流し見はあまりしたくない。
結果、好みのジャンルのものでも体力を必要としそうな作品は、後回しになり溜め込んでしまうという悪循環を生んでしまう。


そんな感じで年々、シリーズ通して全話見る作品というは減少傾向です。
全部見れるに越したことはないのかもしれないけれど、時間、体力、気力を削ってまで見てもそれはやはりつらいだけで、何でアニメ見ているのかわからなくなるし、一方で作品を見る目、審美眼は多くの視聴経験の積み上げで、自分にあった作品の取捨選択、その判断にはある程度自信もあるので、最近は見続けることのできなかった作品は、それはそれ、と達観しつつあったりします。

体力の衰えを感じつつも、それでも毎期がんばって新作を一通り見ようと努めているわけです。
まあ、なんでそこまでして新作にこだわんのと、話題になった作品とか売れてる作品だけ見とけばいいじゃんと思う向きもあるのかなと思うのですが、習い性というかなんというか。
他人の評価によるおススメや話題性だけでは、自分の本当の好みの作品にめぐり合えない、自分の目で見てみないと、結局は判断できない、そして何より自分で見出した、価値を認めた作品のほうがより思い入れが強くなる、ということを経験上わかってしまっているがゆえに、新作アニメのチェックはやめるわけにはいかないのです。

2014/04/05

未確認で進行形総評 普通を普通に描ける強さ

未確認で進行形全話視聴ということで総評です。

本作は2014冬期スタート作品ではほとんどノーマーク、1話を見るまで原作もどんな作品かもまったく知りませんでした。

しかし終わってみれば、BDをシリーズで購入決定するぐらい超お気に入りの高評価となりました。
ジャンル的には所謂日常系ラブコメ作品で、昨今必ずしも珍しくないタイプの作品でありながら、作画、演出、内容、キャラ等々好みの要素が高水準でここまでそろった作品は久しぶりというか、自分的には珍しいことかなと思います。


そんな未確認で進行形の1話での印象はさほど強烈という訳でもなかった。

「ある日とつぜん祖父に決められたという許婚の男の子が現れて同居することになることからスタートするラブコメ」という1話の概要だけでも、非常にべたというかありがちなもので、ごく普通。
ただ、作画のよさと演出の丁寧さは群を抜いていて、なかでも料理シーンを逃げずに丁寧に描写していることには、目を引いた。
日常系ラブコメとしては、普通な内容だけど、作画演出がこのレベルで続くなら安心してみていられるからいいかなあ、と最初は割りと軽い気持ちで見ていた。

その印象が徐々に変わってきて、決定的にこの作品好きだわーと自覚したのが、9話で小紅が白夜にデレる回。

小紅は本作のメインヒロインではあるはずなのだけれど、スタート時の印象では存在感がやや弱い。
というのも姉の紅緒が重度のシスコンで妹の小紅を常軌を逸して溺愛するへんたいっぷりと、許婚の白夜のお目付け役としてついてきたロリ小姑・真白の存在感が目立ちすぎいてて、紅緒と真白に比べると小紅が一歩引いた印象を受けてしまうのは致し方ないかと思う。
そんな存在感の薄い小紅と、さらに輪をかけて存在感の薄い白夜との関係がちょっとずつ進み、小紅が白夜への気持ちが知らぬ間に大きくなっていたのをはじめて自覚してしまうというのが9話。
この9話の小紅がめちゃくちゃかわいい。というか、かわいいと思わずにいられない。
小紅のキャラが、巨乳安産型で料理家事全般が得意な完璧なお嫁さんスキル持ち、という属性が付与されているが、それが単なる設定ではなく、シリーズ通して徹底的に描写されている。
第一話で印象的だった小紅の料理シーンは一話だけでなくことあるごとに描かれ、その他家事をしているシーンも頻繁に登場し、お嫁さんスキルの高さを印象付けている。
生徒会長で成績優秀な姉に引け目も感じ、一歩下がった性格、高い料理家事スキル、巨乳安産型
、許婚としてここまで完璧な嫁はいるだろうかと誰しも思うだろう。

親に決められた許婚同士がはじめはとまどったり、反発しながらも徐々に関係が深まっていく、というのはそれこそ使い古されたラブコメものの黄金パターンではある。
ただそれを、こうやって、こんな女の子を嫁さんにしてえええと思わせるキャラを丁寧に丁寧に積み上げて描き、その女の子がついにデレるということの破壊力!
この小紅かわいさというのが表面的な即席のかわいさではなく、9話かけてじっくり熟成させてきたからこそ、見る側にそう思わせる説得力と強さを生み出しているのだ。

未確認で進行形は、いってしまえば、よくある普通のラブコメであると思うし、それ以上の作品概要の説明のしようがないかもしれない。
しかし、この「普通」をそのままに、おもしろく、魅力的にみせるためには、手間暇をおしまず丁寧に丁寧に煮詰めていかなければ成り立たせることのできない「普通」さであり、ものすごくハードルの高い「普通」なのではないだろうか。
最終話もきれいに終わらせた印象で、1クール作品としてみても小さくそつなくまとまっているが、やはり、その普通さも、また愛おしい。

本編についてはとりあえずこんなところで。

ところで、もいっこ未確認で進行形で特筆しておかなければならないことといえばやはりメインキャストの3人だろう。
紅緒役の松井恵理子、小紅役の照井春佳、真白役の吉田有里、三人ともほぼ新人(吉田はこれがデビュー作)というのだから驚き。
この三人でやっているニコ生の「夜までみんなでぐっ!」あとおいで見始めたのだけれど、これが
またおもしろい。


↑この初回の放送で松井恵理子の愛称が吉田有里の提案したカッターに決まる瞬間とそれを受けてのジェンガの流れ神懸っていて必見。
すでに人気のある声優使わずにこういうところでチャレンジして新しい芽を発掘してきてるのもえらいなあと。

あと先日触れたMVの「ぜんたい的にセンセーション」含め、本作で動画工房への認識がアップしたのも本作で得られた大きな収穫だったとおもいます。 



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2014/03/28

桜Trick 感想

最終話まで視聴みたので感想をば

一言で言うと、みてて幸せになれるアニメ、でした。

1話をみた段階では、いきなりキスして、あーガチ百合ものなのかなあ
と思いきやそんなことはなく、シリアスな展開にはほとんどならず、
ゆるーい感じで女の子どうしのいちゃいちゃちゅっちゅっを毎回みせるという、ほぼそれだけ。
はじめは、なんなんこれ?と戸惑いながらも、いちゃいちゃちゅっちゅっしているのをみせられているうちに、それだけでだんだん脳がしあわせに満たされ、多幸感につつまれていくという不思議な感覚に囚われ、それが病みつきになってしまていったという。
おかげさまで、2014冬期作品の中で常にリアルタイム、ツイッターで実況しつつの視聴をせずにいられなかった、そういう意味ではかなり特別な作品でした。

さて、桜Trickをみていて感じるこの幸福感とはいったいなんなんだろう、と疑問に思いつつも、とりあえずそれは横においといて最終話までたのしんでしまったわけですが、実は最終話を見ている最中に、ふっと、その疑問の答えにだどりついたというか、つながってしまいました。


うちに山の様にあるリリカルなのはの同人誌で自分が特に好きな内容が、だいたいこんな感じのものばっかりでしたwwwwwwwwwwww
百合カップリング認定されたなのはとフェイトが学園でだいたいいちゃいちゃしているだけ、
まわりにひやかされたり、あきれられたり、キスしたり、不安になってお互いの気持ちを確認しあったりという内容。
そのなのフェイのいちゃいちゃを見ているだけでニヤニヤしながら幸せになれるというその感覚と、桜Trickを見ているときの幸福感がよく似ている。
違いといえば元ネタがあるかないかでしかないかもしれない。

というわけで、桜Trickは元ネタのない百合カップリング同人誌だったのではいか、という説を提唱してみたいと思います。

いや、べつにどうでもいいです、自分の中ですべて腑に落ちたというだけの話ですので



 


2014/03/17

未確認で進行形MV「ぜんたい的にセンセーション」がすごい

絶賛ハマりちゅうの未確認で進行形ですが、本編の細かな感想はまた後日にまとめてするとして
今回はその未確認で進行形のMVについてです



このMVを最初に見たのは某とらの店頭で流れていたものでした。
その瞬間に目が釘付け、3周か4周くらいみて、これどこで手にはいるんかなー
DVDかなにかの特典?ちょっとほしいなーとかなり気になったものの
そのときは用事があったので、その場ではいったん保留。

後日、ニコ動で同じ動画を見つけ、あらためて調べてみたところ、原作コミック4巻の限定版に付属している映像特典だったことが判明、その場で購入を決意したしだいであります


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購入以来1週間ほぼ毎日何回も見てるくらい、ものすごい勢いではまっています。

なんというかキャラクターたちが、終始くるくる跳びはねていて、すごく元気があって、楽しそう、見ているこちらも、だんだん気持ちがハイになっていく。
曲ももちろんいいけど、とにかく作画が見てて気持ちいい、うまい!

特に自分がすっげえとおもったのが上の動画の0:44あたりからのましろが後転しながらカメラに近づいて伸びをするカット
あと、1:46のあたりの俯瞰カメラに右上から小紅が歩いてはいってきてカメラを見上げてくるっとまわって左下に抜けていくカット
キャラをくるっとまわすだけでもそこそこ難しいと思うのだけれど、それをカメラによりながら(つまるところキャラを拡大縮小させながら)動かしているという、これ二重で難しいんじゃないのかなあと。

また1:43あたりの小紅が両手を横に広げて胸と肩を揺らして歩いているカットなんかは
ただ歩いているだけで、これより凝ったカットは他にもあるので、普通の動きにみえるけれど、小紅のキャラ性とかわいさがよくでていて普通なんだけれど普通じゃない。
本編をすでに見ていてキャラを理解しているから感じる部分でもあるのかもしれないが、単に作画がいいというだけでなく、こういったところでキャラ性や作品にそった動きがそれぞれつけられているのもポイント高い。
他にもフルバージョンも含めると、ここがいいあそこがいい、というポイントは枚挙に暇がないので、機会があればぜひフルバージョンを見てほしいところです。

この流れでついでにOPについてもちょこっと



冒頭のらったたらったの小紅もかわいくて好きなのですが
0:55辺りからの白いワンピースきた三人のうち小紅を残して両脇の二人が浮いていくカットが不思議な気持ちよさがあって、かなり好きです。



おまけ
EDの最後の最後でましろがゆれながら最後カメラ目線になるとこ、ここも好き
こういう風にキャラを揺らすのに、自分は弱いらしい

というわけで現時点でまだ放映中の、未確認で進行形ですが
本編もこの作画力はいかんなく発揮されていて、毎回でてくる料理シーンが手抜きなしのガチで作画してたり、日常動作ではっとするようなカットが散見されるなど、作画陣の優秀性を感じています。

はてさてこんな感じで、本編にもどっぷりはまってしまい
原作コミック4巻まですべて購入済み
BDも購入決定済み
次に出る原作5巻の特装版も購入予定であります。


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どちらもOVAがつくようなので、たのしみだー


2014/02/24

最近見てるアニメとか

なんか最近全然書かなくなってしまったのだけど、時間があいたので最近見てるアニメのことなんかをざっくりととりとめなく書いてみる

・未確認で進行形

今一番のお気に入り
わりとフツーの日常ラブコメ系なんだけど、普通さ故に見てて安心できるのとつくりの丁寧さにちょいちょい感心させられ、ところどころ、おお、と思える日常芝居や作画もあって高いレベルで安定しているのもいい
制作が動画工房ということで、ここに来て自分の中で動画工房の注目度が少し高まってきたのもポイント
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8B%95%E7%94%BB%E5%B7%A5%E6%88%BF

恋愛ラボもよかったし、ゆるゆり、GJ部あたり最近いい仕事している印象。


・桜Trick

もう一個のお気に入り
1話を最初見た次点では、いきなりキスした!ガチ百合はちょっと苦手なんだよな~(ストロベリー・パニックがフラッシュバック)
とか思ったんだけど、二話以降、「ちゅう、しろちゅう!」とか思うくらい脳みそが桜色に染まる謎の中毒性にすっかりやられてしまった。
しょっちゅうちゅっちゅ、ちゅっちゅするメイン二人のらぶらぶっぷりと頭のゆるさになんか見てて幸せになって浮世の嫌なことを忘れられる、そんなアニメです


・のうりん

ゆかり王国民の義務として、いや、それだけじゃないくちゃんと楽しんでますがw
ただなんというかパロディネタはすべってるなぁというか、ちょっと寒い
むしろ真面目な農業ネタをちゃんとやっているときの方が意外と面白かったりするので困惑する。
は、まさか寒いパロディは農業ネタを際だたせるための孔明の罠!
なわけないか



・最近、妹の様子がちょっとおかしいんだが

内容的にはそれほど好みというわけではないのだけれど、エロネタ、キワモノの設定に反して地に足がつくギリギリのラインを歩いている感じが面白いといえば面白い
いやしかし、桜Trickといい、すごいものをTVでながしてるよなあ、と


・Wake up girls

一応見ている、なんというかボロボロ
お話自体はそんなに悪くないんだけどなんか一時代前のアイドル物って感じがしてしまう


・世界征服 謀略のズヴィズダー

始まる前の印象ではもっとまじめに世界征服するのかとおもってたんだけどご町内ものだったかー
というスケールの小ささにちょっとがっかりはしている
まあ、超贅沢なコメディではあるんだけど


あと継続で見てるもの

・マギ二期

毎週割と楽しみに見ているのだけれど、マグノシュタット編に入ってから状況設定についていくのがちょっと大変
あとモルさん分が足りない、足りないよ

・ガイストクラッシャー

はじめの数話での主人公の性格や行動がとても好印象で、そのまま、なんとなく見続けているのだけれど、安定して面白いです、久しぶりに男子キッズもで当たりを引いたかも
やはり、西園悟脚本にやはり外れはなかった

・ガンダムビルドファイターズ

自分がいまさらなんか言わなくてもわかってると思うけど面白いっす
なぜこれが今まで出来なかったのか、むしろ今だからこそようやくこれができるようになったということのか。
もうTVのガンダムはこの路線でいいと思う、ロボットアニメを救うのはこの方向性だよ

アイカツは見たいんだけどかなりたまってしまった・・・

あと見ているものとしては咲、中二病、てさぐれ、となりの関くん、弱虫ペダル、おねえちゃんが来た、うーさー、
あとは大体1話見たきりになってしまったものがほとんどかなあ
ウィザードバリスターズ、いなりこんこん恋いろは、ウィッチクラフト、スペースダンディ当たりは見た方がいいんだろうか、どうなんだろうか

最近はじまったハピネスチャージプリキュアはハトプリの長峰監督なので期待



とりあえず最近はこんなとこです

2013/10/05

シンフォギアG 全話総括

シンフォギアG最終回含めての総括

の前に

衝撃の5話以降の展開について少しだけ触れておきますと
まあ、響きの腕はあっさり再生されてしまって、肩透かしをくらった格好になって
5話を絶賛して持ち上げた自分の立場は?みたいな感じになってしまって、あれなんですが
まあリアルタイムだから書けたことってことでひとつ

というわけで完結を迎えたシンフォギアGなのですが、中盤以降の毎週の引きが卑怯なくらいにうまくて、ドキドキ・ワクワクで毎回とにかく楽しめた、そういう意味では一期に引き続いて面白かったし期待を裏切らなかったわけだけれど、食い足りなさ、不満な点をあげていくと割りとポロポロ出てきてしまう。100%満足できたかといえば答えはノーだ。

ただこの満足できなかったことの正体の半分は、この世にシンフォギアが存在せず、一期が比類ない存在であったのに対して二期のGは、「シンフォギア」が存在する世界、比較対象が存在する中での相対評価になってしまうせいなので、致し方ない面がある。
とはいうもののその感じた不満は逆に第一期の美点をを再確認することにもなったとも言えるかもしれない。

シンフォギアというアニメの面白さは一期も二期もそう変わらない、適合者にその面白さを説くなど今更不要だと思うので、今回はあえて、二期に感じた自分の不満をあえてまとめておきたいと思う。


自分がGに感じた不満の多くは、各キャラの抱える葛藤、ドラマ、その描写がが全体的に雑になってしまっている点ではないかと思う。
1話で派手に登場したマリアは、中盤以降1人で思い悩むだけで物語の中心から外れてしまい、他のキャラとの絡みも少なく活躍の場が殆ど見られなかった。
それに対して調と切歌の葛藤の方が中盤以降は、むしろ中心といった様相になってしまった。
響の「偽善」という言葉に対する過剰な反応に対する答えも未消化に思えた。
また、一期に比べてGでは響が主人公としての存在感が薄く、役割を果たしきれていなかったような気もする。
唯一一番うまくいっていたな、と思えたのは自分の居場所を手に入れたことの幸福とそれを守ろうとするクリスと、一期では薄かった翼さんとの関係の進展くらいかもしれない。

二期になってキャラの数が倍に増えた弊害なのかもしれないが、ひとつひとつの描写や積み重ねがうまく機能しなくて描きたいことは流れの中でつかめるのだけれど、それがもう一歩こっちの気持ちを盛り上げるに至らない、脚本演出の力不足をやや感じてしまった。

逆に第一期が響、翼、クリス、さらに未来を加えて、響を中心にそれぞれのドラマを、キャラ同士の関係性の中できっちり描かれたいたということを思い知らされた。


といった具合で割りと作品の根幹に対する不満、って感じになっちゃうんだけれど
逆にそれ以外の部分では、ほとんど不満はないし、Gのよかった点は、今あげた不満以外全部
といっていいくらい、やっぱりシンフォギア大好きな作品なのです。

そんなわけで、第三期あってもいいのよ?
とりあえず第一期悩んだ末、買って正解だったBDは、二期も引き続いて買う気まんまんですから!



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2013/08/03

シンフォギアG 衝撃の第5話 感想

シンフォギアG 5話がすごかった

最近TVアニメの感想は全話見た後に語りたいものだけ書く、って感じになってるのですが、これはこのタイミングで書かなければ意味が無いので書きます。
というか、TVアニメ見てて、こんなに書きたくなった、書かずにおれなくなったのはのは久しぶりデス!



当然ネタばれアリですんでよろしく。


というわけでシンフォギアG5話のラスト、
なんと主人公の響の腕が敵の化け物に喰いちぎられるという衝撃の展開が!!!!
思わず、あああああああああと叫んでしまうぐらいの衝撃度
ほんとうにやってくれた、シンフォギア侮りがたし!

二期が始まって4話まで、新しい敵として、シンフォギア装者のマリアたちが登場しながらも、物語の進行としては、ややゆったり目
むしろクリスちゃんにフォーカスを当てて、一期で拾いきれなかった、クリスちゃんのドラマ的な補完話をメインにしていた。
変身シーンの「ばあぁん!」や学園生活でのクリスちゃん、4話EDで楽しそうに歌うクリスちゃん、と
クリスチャンが可愛くて可愛くて、シンフォギアが萌えに走ったか?と思えるくらいあざといクリスチャンをみせてくれたかとおもったら、これですよ!

響が片腕を失うという展開が意味するところを、一期から見ているものならばその重大性に誰しもが気付くのではないかと思います。
誰かと手をつなぐ、それが響のアームドギアであり力の源、それが失われたということの意味は重い。
二期のOPでも繰り返し、手をつなごうとしてそれが叶わないという絵が繰り返されていた意図が、ここに来てわかり、ボディーブロウのように効いてくる。
響に課せられた運命、試練の苛烈さ・・・

しかし同時に、この展開にワクワクが抑えきれない!

「隻腕」

この単語だけでもう燃えてしまうじゃないですかー

ヒーローが片腕を失い、失意の中からその試練を乗り越え、新たな力を得て復活する!
この王道展開が、まさに始まろうとしているわけですよ!!
これで燃えないワケがない!!!

しかもこれヒロインなんですよ?隻腕でマフラーつけて歌って戦うヒロイン!!!盛りすぎだろww

また今回5話では、1話で華々しく登場し響達の前に立ちふさがったマリアも決して非道な存在ではなく、運命を背負い自らに課した戦う目的を持ちながらも、覚悟を決めきれず、迷いもある存在であることが明らかになり、響達との対立の行く末が、どういった結末を迎えるのかと、こちらもその展開に興味をかきたたさせる。

とにかくこの5話は、それまでの流れからの急転直下のラストと置いてきた布石によって、強く印象づけ、次回以降の展開を否が応にも予想し期待させ、目を離せなくさせる作りになっている。

楽しい、樂しすぎる!

やっぱシンフォギア最高ですわ!




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2013/08/01

風立ちぬ 感想

宮崎駿監督の最新作「風立ちぬ」
見に行ってからそこそこ時間たってしまいましたが、いまさら感想です。

正直あまり書くことがないので書かなくてもいいかなあと思いつつ
長年付き合い、見続けた宮崎駿の作品にだんまりもあれなんで、少しだけ書きます。


さて率直な感想。

退屈だった、自分には合わなかった。はっきりいってつまらなかった。

です。

宮崎駿の作品を見て退屈したのは初めてです。
トイレに行きたくなって我慢できなくて中座してしまったくらい、終盤で飽きていました。

まず基本的に飛行機や兵器の薀蓄的なものにあまり興味が無い、当然堀越二郎に関しても詳しく知らないので、そういった面でまず面白味を見いだせなかった。
実のところ、見る前は、堀越二郎の技術者、ゼロ戦設計に至る開発の苦闘、葛藤みたいな、それこそプロジェクトXみたいな、技術屋の物語を想像していました。あとは雑想ノートみたいな感じのものを想像していて、それはそれで面白いかな?と思っていた。

ところがこれが違った。
蓋を開けてみたらサナトリウム文学で、そっちのが話のメインだった。
まあ、原作がそもそもそうだったことを知らなかったので、勘違いだったわけだけど、兵器絡みに関心がいかないのだから、こっちが良くできていれば、それはそれで、むしろ評価はよかったかもしれない。
ところが、恋愛モノとして見ても、これが全然ダメだった。
まったく感情が揺さぶられない。
主人公であるところの二郎にまったく感情移入できない、理解できない。

これに関しては庵野秀明の素人演技にも問題があるとしか思えない。
感情があまり波立たない、物事に動じないキャラだ、というのはわかる。
だったらなおさらその「波立たない感情」という感情の機微を演じ、表現することのできる技術のある役者に任せるべきだったのではないのか。
菜穂子に相対してしゃべっている時も、他の人としゃべっている時もまったく同じ、なんてありえるワケ無い、あれはただ台本を読んでいるだけというようにしか見えない。
おかげで、恋愛、色恋ものとして見てても、まったく気持ちが乗らない、冷めてしまった。

そんなわけで、まったくこの作品を楽しむことが出来なかった。

ただ、長年宮崎作品を追い続けて、宮崎駿本人のインタビューや対談を読んだりして、その人となりなどを知っている身で見れば、この作品に監督自身が主人公に自分を重ねているんだな、というのはよく分かる。
公開前に宮崎駿が「自分の映画で初めて泣いた」と告白していたが、その言葉の深意が、映画を観終えて理解できた。
過去どの作品でも宮崎駿は、観客、特に子供のためのエンターテイメント、「漫画映画」を作ることを自分に課してきた。
しかし「風立ちぬ」は初めて宮崎駿が自分自身のためだけに作った映画だったのではないだろうか。
エンターテイメントであることも、「漫画映画」であることも捨てて。

だから自分は初めて宮崎駿の作品を「つまらない」と思ったのだろう。


かつて自分は十代の最も多感な時期にほぼリアルタイムでナウシカ、ラピュタ、トトロという傑作を目の当たりにして、宮崎駿のことを神のごとく崇拝していた頃がありました。
そしてその宮崎駿の語るアニメでもアニメーションでもない「漫画映画」というものに感銘を受け、心酔していました。
もののけ姫以降、晩年に向かって宮崎駿の作品は少しづつ変化し、かつて自分が心酔した「漫画映画」を宮崎駿自身が再び作ることはないだろう、と諦めつつも、ポニョにはぞの兆しをまだ見ることができた。
しかし「風立ちぬ」ははっきりと「漫画映画」ではない映画を志向している。
宮崎駿が、漫画映画を捨てること、それは少なくとも自分にとっての宮崎駿の、自分が愛した宮崎駿の終焉を意味している。
もし、この作品がほんとうに最後になったとしても自分は驚かないだろうな、と思います。



追記

これも自分には全く響かなかったことなのだけれど、創作に関わる人達からの評価、共感の感想が多く聞こえてくることも合わせると、この映画が創作を志すものへの宮崎駿の「遺言」でも、あるのかもしれないなあ、などと思ってしまいました。


追記2

友人がtwitterあげた感想とそれに対する私とのやりとり、せっかくなのでトゥギャりました
http://togetter.com/li/544674

2013/07/16

やはり俺の青春ラブコメはまちがっている 感想

アニメ全話視聴後、原作7巻まで読んでの総評です。

ちなみにラノベ原作で、アニメ終わった後に原作まで読むのは、自分としては割りと珍しいというか、滅多にないことだったりします。
それくらい、これが気に入った、というか気になった作品だったということであります。

そんなわけで、どの辺が気に入って気になったか、ということを明らかにしつつ感想いってみたいと思います。

始まって1話のみでの印象としては、
また長ったらしいタイトルのラノベものかー、学園モノで、よくわからん部活で、ハーレムラブコメなんでしょ、ヒロインはクール系Sキャラって某作の某の亜流?
くらいの冷めた見かたしかしてませんでした。

唯一引っかかったのは、主人公の比企谷八幡が、ぼっちでやたらと皮肉屋だったという点。
その一点に妙に親近感を感じてなんとなく見続けた結果、最初の印象からイメージした作品とは、別物であることに、すぐ気づくことになる。

この作品、要は、スクールカーストがテーマになっているんだ、という事がわかってくると、その印象は180度代わってしまった。
そして、本当にいつまでたってもいわゆる「青春ラブコメ」にならない。
そもそも主人公の八幡は、中学時代の数々の痛々しい失敗から、強固な意志を持って、女子から話かけられたり、優しくされてもそれは、「勘違い」であり「期待してはいけない」と鉄のガードを敷いているのだから、ラブコメになりようがない。
そもそもラブコメ以前に友達がいない、ぼっちだ。
だからといって、友達を欲しているわけでもなく、ぼっちであることに引け目をや劣等感を持っているわけでもない、いや持っていたとしても己のプライドを守るために、屁理屈を弄して、自らを正当化してしまう。
そして何より面白いのは、この卑屈で諦念にまみれた主人公の八幡のダークヒーロー、アンチヒーローとも言えるヒールっぷりにある。

生徒のお悩み解決を請け負う奉仕部の活動にに半ば無理やり参加させられた八幡が、そこに持ち込まれる様々な問題を解決することになるのだが、その解決策が、正論、正道から外れたやり方で決して他人から誉められるようなやり方にならず、時として自分自身を傷つけ、自らがヒール役になることも厭わないのだ。
なに、やだかっこいい///

八幡の周りを固めるキャラも、スクールカースト上位にいながら、周りの空気を読んで合わせてしまう由比ヶ浜、成績優秀眉目秀麗であるがゆえにその性格から周囲から孤立してしまう雪ノ下、厨二病の材木座、スクールカースト最上位ので真のイケメン葉山など、それぞそれスクールカーストの違うものあるいは似て異なる者が入り乱れる。
おおよそ普通の学園ラブコメとは違う、それぞれのキャラの立ち位置、物の考え方、見え方の差異によって生まれるドラマ、関係性が面白い。
何より、主人公八幡のぼっちであるがゆえの卑屈さ、正論の隙を突く屁理屈、世間一般的には決して正しいとはいえないものの考え方が心地いい。
有り体に言ってしまえば、自分の中高時代に、世の中の欺瞞に満ちた正論に対する反発、嫌悪感など抱えていたどろどろしたものと、八幡が抱えているものがなんか似通っていて、共感してしまう所が多すぎて、困ってしまうのだ。

ラノベのしかもアニメ化作品でこういうものが出てきたことに、ちょっと驚きを感じたとともに、ジャンルの深化があってこそ世に出れた作品でもあるのかなあ、と思ったりして、以外な作品との出会いが出来てちょっと嬉しくなりました。

そんなかんじで、タイトルで避けてしまった人やなんとなくイメージで見なかった人がいたら再チャレンジしてみてはいかがかと思います。



それはさておき、もう一つこの作品を見ていて、個人的に気になったのが八幡と葉山の関係。

最初の段階で、クラスの中心、スクールカースト最上位である葉山から、最底辺の八幡は、存在しないに等しかった。たぶんテニスで対決した後でもほぼ認識されてなかったはず。
それが林間学校のボランティアの件と文化祭の件を通して、次第に八幡の存在を認知し、無視できない存在になっていく過程が面白かった。
葉山からすると、八幡の存在、考え方は異質であり、自分とは違う、自分にはないものを持っているのではないかと、気になって仕方がなく、理解したいという感情と同時に、相容れない肯定したくないという感情もあり、複雑な思いを抱いているのではないかと見える。
本来なら交わることのない、スクールカーストの最上位と最底辺、それこそ生存戦略、価値観の違う二人が出会い、交わり、さあ、ここから二人は対立し、反駁しあうのか?
といった所で、アニメは終わってしまう。
続きが気になるじゃないですか、やだー

そして、こうなると、腐った脳の一部が八幡×葉山のカップリング妄想を始めて止まらなくなる。
はちはやありだな、と。

そんなわけで気になって原作も読んでしまったわけだけど、アニメ版ではかなりさらっと流されていたが、葉山と雪ノ下の間には小学生時代、何らかの事件があり、葉山はそれを今も気にしている、
といったことが匂わされていて、やや複雑な様子。
あとアニメでは、いまひとつピンとこなかった、三浦を中心とした由比ヶ浜、腐女子の海老名さんの三人の女子グループがなぜああいう構成で、成り立っているのかとか、アニメ版では細部で抜け落ちてしまった部分が補完できたり、かなり端折られてしまっている材木座の活躍が読めたり、戸塚への八幡の思いがやばくて面白かったりと、原作読んで見てよかったと思います。
まあ、アニメの1話見て台詞の多さから、小説で呼んだほうが絶対面白いだろうなーとは思っていましたが。

というわけで、なんかめずらしくラノベ作品で当たりを引けてラッキーな感じ。
続きが楽しみです。




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2013/06/03

言の葉の庭 感想

新海誠監督の最新作ということで見て参りました。
基本、新海監督の過去作品は概ね見ている上での感想となります。


まず端的に結論から

好き嫌いは別にしてとてもよかった。
作品としてはあまりケチのつけどころが見当たらないくらい、きれいにまとまっていた。
唯一難癖を付けるなら、新海作品として、極まっている分、保守的で冒険がない、といったくらい。

です。

内容的には、完全に恋愛物で、過去作品から引き継いだテーマの繰り返し、語り直しなんだけど、キャラの設定と配置が、年齢差、立場の差のある男女の関係の物語に置き換えられて、余計な要素が削り落とされた分、無理なく、シンプルに、解りやすくなっている。
シナリオ的にも起承転結がはっきりしていて、短編映画として綺麗にまとまっている。
脚本にやや難ありと思っていた過去作と比べても、ここは飛躍的に良くなっているのではないかと思います。
恋愛物としても、社会に出て躓いた大人の女性と、夢を追いかけながらも迷いを持つ高校生の男の子の関係を描いていて、デートムービーとしてもほぼ完璧なんじゃね、という作り。

短歌、足フェチ、靴、雨、都会とその中にある不釣り合いなくらいに緑あふれる公園のあずま屋、例によって叙情的で執拗な情景、風景描写、これらの織り成すエロティシズム、ロマンティシズムにあふれた映像美は、新海誠の真骨頂で、極まっている。
新海作品としてはぐうのねも出ない、出来なのではないかと思います。

だからこそ逆に冒険しているところがない、守りに入った作り、と感じてしまった。
なのでその分あんまりこの映画で語ることがない、と言えばないという。
まあ前作の星を追う子どもがけっこう冒険してたので、今回はまあ安心して新海誠監督のいいとこ全部見れたという意味で、悪くはなかったのかなあ、と。


同時上映の短編もよかったです。
こっちも社会に出て躓いた女性が主人公の話で、本編と合わせて見ててムズムズするモチーフなんですが。


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劇場版聖☆おにいさん 感想

見にいたのがだいぶ前になってしまったのですが、今更感想です。


実は、先にネットで、宗教ネタがカットされてるという話題をまとめサイトで見てしまって、えー、と思って見に行く気力が半減していました。

で、見に行くかちょっと。迷っていたのですが、見に行った友人が話を聞いたら全然そんなことはなかったと、言われ、あれ?となって自分の目で確かめないとわからん!となったため勢いで見たのですよ。

んで、見に行った結果、わかったこと。

宗教ネタカットは、デマでした
少なくとも原作コミック3巻くらいまでに使われてるネタは、大体拾っていた。
ちなみに自分は、原作半分くらいまでしか読んでないので、映画の内容はほぼ自分の知ってる聖おにいさんだったです。

原作が進むと出てくる新キャラや宗教ネタがない、ということがどうやら「宗教ネタカット」として広まったみたいです。



で、見てきた結果、見る前に触れたネガティブな感想や反応に反して、自分の中ではものすごく好評価、周りの評判に惑わされず見に行って良かった、と思いました。

映画の中身自体はもうほとんどイエスとブッダがいちゃいちゃしながら日本の庶民の日常をエンジョイしているのをひたすら丹念に、ほのぼのと描いていくだけなんだけど、その絵作りや演出が非情に映画的に良く出来ていて、自分の好みで、うはうは。
まあこれに関しては、監督がアイドルマスターの高雄統子、チーフ演出・絵コンテとして自分が信奉する神戸守が参加してた時点で、演出面は見る前から安定だなと思ってたのだけれど。

ギャグも滑ることなく、きっちり間で笑わせる事ができていたのも良かった(自分が見た回では観客から終始笑いが起こって、とてもいい雰囲気だった)

といった感じで意外と満足度は高かったです。


2013/05/14

劇場版シュタインズ・ゲート負荷領域のデジャヴ 感想

遅ればせながら地元の映画館でも上映開始したのでいって参りました。


自分もそうだけど、シュタゲの感想は、ネタばれ覚悟の上か、視聴済みで無ければ絶対見ないものものだと判断の上、特にネタばれに関しては気にせず感想書きます

さてでは、簡単に今回の劇場版の印象をまとめると

紅莉栖が主役で紅莉栖が可愛かった、紅莉栖好きにはたまらない映画だった!
でも、全体ではやや物足りない感が残った

といった感じでしょうか

完全新作のストーリーで、けっこう複雑で綺麗に終わっている本編シナリオに矛盾なく繋がるアフターストーリを構築して、本編の物語、キャラを補完、掘り下げをするという、結構な難易度の高いことをやっている割には、これがしっかりとできていてそこには全く不満がない分、その枷からどうしても物語のスケールがこじんまりとまとまってしまって、そこはやや物足りなかった。

岡部が経験した時間漂流を、今度は紅莉栖が体験することになり、改めて岡部の辿った時間漂流の苛烈さ残酷さを見るものに思い起こさせ、紅莉栖が岡部と同じ道を辿るのか否かという緊張感のなかで、紅莉栖の岡部への思い、岡部の紅莉栖への思いがTVシリーズのシーンと重なりあって、記憶を呼び起こさせ、それが、ボディーブローの様に要所要所で効きまくって、涙腺を刺激してくるところは、本当によくできてたと思う。
ただそれだけにというかシュタインズ・ゲートという作品だけにその解決策が、その程度でいいの、と思うくらいやや、あっさりしていたというかひねりが足りなかったのがこの作品に対する、最大の不満点というか物足りなさでは、あるのだけれど、それ以外は概ね満足といったところです。

TVシリーズ、ゲーム本編からの補完として、シュタインズ・ゲート世界線に到達したことで、岡部と紅莉栖の関係は一度完全にリセットされ、紅莉栖の岡部に対する感情もまたリセットされている。その上での、その後の二人の関係はどうなってしまうのか、というのがずっともやもやとして、気になりつつ妄想のタネとしてついてまわっていたのが、今回そこに答えがでたのも良かった。
特に自分としては、紅莉栖と岡部のいちゃいちゃが本編通して好きだったので、その関係を取り戻して、また二人がいちゃいちゃな関係に戻れたのを見れてよかったなあと。

岡部がシュタイインズゲート世界に定着できずにR世界に跳んでしまうのも、ある意味では他の世界線での紅莉栖との記憶に対する岡部の未練が引き起こしたものだったと考えると合点がいくし、そうならないために紅莉栖が強烈な記憶を岡部に埋め込みに行くというのもなるほどと思えて、ここもよく出来ていた。
ただその方法が、どう見ても、ショタオカリンが痴女にいきなりキスされただけ、というのが、なんというか、ね、うん、まあ強烈な記憶だけどさ!w

あと鈴羽の登場が、映画本編の中だけでは、はて?なんでこの子はタイムマシンに乗ってまでこの時代にやってきて、しかもあったこともない、存在もしていない岡部のことを知っているんだろうと疑問が残った。
この点を一緒に見にいいた友人たちと話した結果、きっと紅莉栖が岡部のことを話しつつ、鈴羽に作ったタイムマシンを見せつつ「いい、絶対つかっちゃダメよ、絶対ダメだからね」と繰り返していたんじゃないか、という結論に達した。
タイムマシンを前に、うじうじといなくなったオトコのノロケを聞かされ、こうすれば岡部を取り戻せるという計画まで全て立て、それでも自分は絶対に過去を改変しないからね!と鈴羽に念を押す。
タイムマシンに「OR204」とか未練タラタラでオトコの名前をつけときながら、絶対使うなとか、如何にもやってくれと言わんばかりに、フラグを立ててくる。
「このおばさんいい加減ウザい」と思って鈴羽はタイムマシンで過去に飛んだんじゃないのかと。
そりゃ、鈴羽的には、紅莉栖を一発ひっぱたかないと気がすまなかっただろうな、と。
紅莉栖自身も。鈴羽がタイムマシンで来ることしってて、過去改変をすることを踏ん切れない自分を鈴羽に背中おしてもらいたくてやったことなのだろうなあ、と

この話を先に映画を見た別の友人にも話してみたら、ほぼ同じ結論に達していて笑った。
ほぼこれが正解なんじゃないかと思えるくらい解釈に矛盾がないように思えるんですが、どうでしょう。


さて楽しかったシュタインズ・ゲートもそろそろこれで弾を出し尽くしたかなあ、という感じでしょうか。
まだ、やってやれないこともない気はするけれど、これ以上は蛇足感も否めないので難しいところかなあ。
次の展開は、あるのか、ないのか・・・

とりあえず、まだ新作ゲームはやってないので、それをそのうちやってみたい所です。
あと完全新作ストーリーの小説版↓が、面白いのでこれはオススメです。



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2013/03/26

祝☆魔法少女リリカルなのはTHE MOVIE 3rd Reflection 製作決定!

つい先日行われたリリカルパーティV二日目に参加して参りました!
リリパ自体イベントも超楽しかったのですが、今回はそちらの感想はひとまず置いておいて
ついに発表になった映画第三弾について語っとこうと思います。

リリパ初日に明らかになった映画第三弾の製作決定の速報に続いて二日目発表になった映画のタイトルは


「魔法少女リリカルなのはTHE MOVIE 3rd Reflection」

StSでもなくゲーム版でもなく、全くの完全新作ストーリーであることが明らかに!
ただし、物語がどの時期のものになるか、といったことは今のところ不明とか

ついに待ち望んだ新作ストーリー!!!
いやあ、なんだかんだで長かったわー
漫画でForceやvividがあったとはいえ、完全新作のストーリーでのアニメは実際のことStS以降作ってないわけですからねえ
しかも映画の第三弾、3rdという位置づけ、2ndのエピローグからやはり小学生編から中学生編を期待してしまいます。

個人的には以前も書きましたが、なのはメインのなのはを掘り下げる物語を描いて欲しいという願望が強いです。
今回付いたタイトル「Reflection」の意味を調べてみると、影響、投影といった意味から熟考、内省、意見、考え、といった意味もあるらしい(参照 http://ejje.weblio.jp/content/reflection
願望100%で解釈して想像すると、1stのプレシアテスタロッサ事件、2ndの闇の書事件を通してなのは自身の考えやその後の生き方にどんな影響を与えるに至ったのか、みたいな内容だったら、いいなあ、とか思っています。

とはいえ。現状で公開時期が未定、一週間前に会議で決定したと三嶋Pの発言からして、本当に制作が決まっただけで、おそらく都築さんの中での構想のみで脚本もあがってないのではないかと思われる。内容に関しては本当にまだまだこれからなのかもしれない。
そうなると、過去のペースから言って映画公開は下手をすると3年は先、ということも十分ありうるかもしれない。
そう考えると先の長い話になりそうではあるなあ、と
ともあれ、来年でアニメ化から10周年さらにその先までプロジェクトが続くことが、確定したということでもあるので、喜ばしい限りではあります。

そういえば今回映画第三弾の発表とは別に、ゲーム新作やvivid、Foce関連、あるいはソシャゲ関連で新情報、発表が来るかもと予想していたけど、そんなことはなかったぜ
3rdまでだいぶ間がありそうだから、その間のつなぎになにかありそうな気はするんですけどねえ・・・

2013/02/08

2013冬期アニメ雑感

一通り見て継続作品もほぼ固まったのでざっくり感想です。


・ビビッドレッドオペレーション

スト魔女の高村監督の変身美少女バトルもの、ということで、期待値も高く今期もっとも楽しみな作品!
と言いたいところなんだけど、3、4話と進むにつれて、脚本がやや大味で、不満を感じる部分もちらほら。でこちゅーキマシドッキングという美味しい要素をもうちょっと活かせる展開というか、もっていきかたができるともっとよくなるのになあと思わずにはいられない。
なんとか後半巻き返したいただきたいところ

・ラブライブ

アイマスが好きなので、1話2話と、どうしても類似作品として身構えてみてしまっていたんだけど、3話のライブの回が予想以上に良くて、これなら大丈夫かと思えた。
基本的にアイドルものすきだからなあ
とはいえこの作品で、キャラや歌に思い入れが出来るかどうかはまだ謎、できたらできたでそれはそれで困るんだけど。

・琴浦さん

今期のダークホースと名高い本作、確かに1話は良かった。
でもこれって物語が1話で終わってね?と思ってしまった。
あと、テレパス能力者の悲劇、救済をコメディをまじえて描くというのが、自分にはどうにもしっくりこないというのと、同ネタのテレパスもののあれやこれやなつっこみがいろいろめぐりめぐって、どうしてももやもやを拭いきれなかったりするのです。
いや、不幸なの女の子が幸せになる話は好きなんだけれどねえ

・俺の幼なじみと彼女が修羅場すぎる

ゆかりんアニメ、ゆかりんが出てなければ、ちょっときついかなあ、と
2話までは軽いコメディかと思ったら、3話がちょい重くて、うーん
幼なじみがかわいそすぎる。
彼女たるゆかりんのキャラは複雑なものを抱えてて興味は持てるのだけど

・まおゆう

コンプエース版で漫画読んでる。好きなシーンがあるのでそこはちゃんとアニメでも見たいなあと

・ちはやふる2

超安定

・みなみけ ただいま

こっちらも安定。マコちゃんは特別として、藤岡とか保坂とか男キャラがなんか、可愛く感じるようになってきたのは気のせいだろうか。

・僕は友達が少ないNEXT

前期に続いてなんとなく見てしまう。残念なひとたちをみてると和む。

・ヤマノススメ

ショートアニメじゃなくて30枠で見たかったなあ、山うんちくたくさんのせて

ぷちます!

実は原作1巻だけ買って、「うん、二次創作としては、あんま好みじゃないな」とスルーしてたんだけど、声がついてアニメになると1.5次創作くらいになって、条件反射で楽しめてしまうもんだなあ、という感じ。
あとショートアニメで毎日見れるのは、配信スタイルとしては結構いいかもしれない。


といったところで今期たのしめそうなところはこんなとこでしょうか。
ちなみにたまこまーけっとはまだ見てない