2012/06/26

アイマス7thライブ行ってきた

6/23、24の二日間横浜アリーナで開催された、
アイマス7周年記念ライブ「THE IDOLM@STER 7th ANNIVERSARY 765PRO ALLSTARS みんなといっしょに!」
に両日、参加してきました、
前回参加できたライブが2011年の1月に行われたパシフィコ横浜 NEW YE@R P@RTYだったので約一年半ぶりのアイマスライブ、そしてなんといっても今回765PROアイドル(プラス音無小鳥さん)の声優陣がフルメンバー全員が揃うという、特別なイベントということで始まる前から気合入りまくり、期待しまくりのライブで、そのお祭り感、高揚感が半端なく、もう、兎にも角にも全公演通して、楽しく、幸福で充実したライブでした。

横浜アリーナという大きな会場、しかもアニメ放映後の効果でライブ初心者も多数参加していたであろうライブでもあるにもかかわらず、会場の熱気、盛り上がりはそれを微塵も感じさせない一体感で、初っ端なのREADY!! とCHANGE!!!!からサイリウムもコールもほぼ完璧で、そこは自分の想像を超えていた。
自分REAT@RTもほとんど完璧なアニメ13話再現で、大感動。
そして念願だったライブで竜宮小町の声優陣で再現されたSMOKY THRILLが聞けたことや、選曲として歌って欲しいけど、難しいかなあと思っていた、釘宮理恵さんのソロでDAIAMONDが聞けたのはほんとうに嬉しかった。
それとライブでは乙女よ大志を抱けみたいな元気系の曲を歌うことが多い中村繪里子さんだけど今回はソロで、ミディアムナンバーの「さよならをありがとう」を歌ってくれてこれもすごく嬉しかった。
天海春香曲には、ミドルテンポで歌詞がグッと来る名曲が多くてすきなんだよなあ。
後レアなところでは音無小鳥さんの曲で滝田樹里さんが歌ってくれった「光」とかもすごく良かった。

二日目は席が丁字に伸びた花道の左サイドが間近に見える位置で演者さんたちを見ることが出来たのだけれど、そこでのレアシーンとして、アンコールのREADY!!の時に釘宮理恵さんと浅倉杏美さんが仲良く手をつないで楽しそうに歌っている姿にほっこりしてしまった。あと同じREADYで中村繪里子さんがハッスルしまくりで他の演者さんが振付を守っている中で一人自由にノリノリのパフォーマンスしていて、心の中でツッコミを入れつつそんな中村先生が可愛くてしょうがなかった。

アンコール前のラス曲が、アニメ最終話のエンディングで使われた「いっしょ」だったんだけど、もうここは感動で完全に泣いてた。曲の歌詞が今回のライブのテーマぞのものだし、出演者。スタッフ、ファンプロデユーサー含めて成り立つライブ全てを象徴するような曲で7周年を締めくくるとか、ほんと出来すぎなくらい。
「いっしょ」て曲はアニメで使われるまで、じつはあまりライブで日の目も見ることのない曲だったんだけど、みんなで歌える曲として今後も定着していきそう。この曲を引き上げたアニメの功績抜きには今回のライブはやはり語れないよなあと。
そんなこんなで、7周年のライブ、7年かけてここまで大きな会場でのライブを大盛況のなか成功を収めることが出来て、アイマスというコンテンツの人気、勢いを強く実感出来た。
今回のライブはアニメの成功が後押しになって、新規参入のファンの存在が大きく影響したと見ることもできるけれど、それまで7年間続けてきたコンテンツとしての基礎票を支える息の長いファンの存在も無視できないと思う。特にいろいろな方面から伝え聞くのだけれど、「プロデューサー」を自称するファン同士の交流、活動が活発で、コミュニティが広く形成されていることの強みは計り知れないと思う。
毎期ごとに入れ替わるTVアニメの突発的なブームや流行ではファンの存在は短期的で流動的なものにならざるを得ず、対照的だよなあと感じずにはいられないのでした。

今後の展開も発表されて、坂上Pから10年、20年続けていきたいという力強い言葉も頂いて、アイマスはまだまだ続く!ということで、今後も楽しみです。


関連・参考記事

・4Gamer.net ― アイマス7周年記念ライブ「THE IDOLM@STER 7th ANNIVERSARY 765PRO ALLSTARS みんなといっしょに!」開催。新作タイトルや,今後の展開なども発表されたライブの模様をレポート
http://www.4gamer.net/games/137/G013714/20120625018/
50歳を超えてなお魅了されるアイマスライブの世界、胸熱すな。

・“THE IDOLM@STER 7th ANNIVERSARY 765PRO ALLSTARS みんなといっしょに!”ライブビューイングリポート - ファミ通.com
http://www.famitsu.com/news/201206/25016887.html
ライブビューイングも大盛況だったみたいです、すげえな。

・4Gamer.net ― バンダイナムコゲームス,「アイドルマスター シャイニーフェスタ」の最新情報とプロモーションムービーを公開。各バージョンに,それぞれ展開の異なる新作アニメを収録
http://www.4gamer.net/games/171/G017161/20120624001/
新作ゲームはリズムゲーで3本別売り、しかもそれぞTVアニメと同じスタッフで新作アニメも収録という鬼仕様。でも結局全部買うから、なんくるねえ。

・“THE IDOLM@STER 7th ANNIVERSARY 765PRO ALLSTARS みんなといっしょに!”0623リポート【画像14点追加】 - ファミ通.com
http://www.famitsu.com/news/201206/23016878.html

・モバマス、ジュピター、アニマスがコミカライズ! “THE IDOLM@STER 7th ANNIVERSARY”0624リポート【写真追加】 - ファミ通.com
http://www.famitsu.com/news/201206/24016885.html

2012/06/16

なぜ独立系アニメ映画は惨敗するのか


・朝日新聞デジタル:とある映画の連敗記録 - 小原篤のアニマゲ丼 - 映画・音楽・芸能
http://www.asahi.com/showbiz/column/animagedon/TKY201205270088.html

こちらの記事を読んで、いやそのずっと前から悶々と思っていたことがあったのですが、ようやっと考えがまとまったのでつらつらと書いていきます。


ももへの手紙も虹色ほたるも、両方見に行ったのですが、やはり自分が見に行った時も、観客はわずかで、実際地元の映画館でも、両者とも三週目には午前一回の上映回数に追いやられ、一月と持たずに上映打ち切りとなってしまっていた。

この結果に対して、twitterやブログ感想で、危機感を募らせたり、嘆きが聞こえてきたりといった反応を目にする機会も多かった、
私自身、この結果は、非常に残念なことではあると思うのだけれど、自分としては、過去の経験から見る前に既にある程度予想できていたことなので、少し冷静にというか、ちょっと冷めて受け止めている。

なぜ、見る前から惨敗することが予想できてしまったかというと、2009年公開の「マイマイ新子」が同系統のアニメ映画として同じ経緯で、上映が短命に終わっていたこと、やはり同系統のアニメ映画として、2010年公開の「宇宙ショーへようこそ」も興行的には振るわなかったという現実があったからだ。

実の所、これらの作品に共通する点が多い。
まず、原作付き、オリジナルにかかわらず、TVアニメの映画化やシリーズ物の続編ではない単発の独立したアニメ映画であるということ。(適当な言葉がないのでここでは、これを独立系アニメ映画と称します。オリジナルというと語弊があるので)
もう一点は、小学生の子供が主人公のジュブナイル系の内容で、作品の主要ターゲットが、子供を含めたファミリー層であること。
そして、言う必要もないことだけれどジブリブランドではない、ノーブランドであること。
さらにもう一点付け加えるなら、主要スタッフや作画クオリティ、作品の質にに対するマニアの関心は比較的高いということ。

この条件が揃ったアニメ映画はコケる可能性がとても高い。
では、そういった独立系アニメ映画がなぜコケるのか、なぜ興行的に振るわず惨敗してしまうのか。

それぞれの作品は、公開規模や宣伝量にはかなり差があるにも関わらず、実際の結果には大きな差が見られないことを考えると、宣伝が足りない、認知度が足りないといったことは関係なく、こういった独立系アニメ映画、特ににジャンルがジュブナイル系のものを観に行く観客層はそもそもごく少数で、限られているのではないだろうか。

特にファミリー層をターゲットにしている段階で、ドラえもんやポケモンの様な定番の人気キャラを子供にせがまれて観に行く固定層から、シェアを奪わなければならないという困難な現実がある。
認知度の高い定番キャラを擁した作品に対して、地味なルックス、キャラ性の薄い児童文学然とした内容の作品はそもそもジャンルとして違うので、選択肢として比較されない。
むしろ比較対象となるのは、ジブリ作品になるが、ジブリというブランドの安心感でアニメ映画を見に行く非ファミリー層を含めた観客は、玉とも石ともわからない独立系のアニメ映画を観に行くほど、そもそもアニメ映画に感心を持っているのかというと、甚だ疑問だ。

結論を言ってしまえば、「虹色ほたる」や「ももへの手紙」のような作品を映画館に観に行く観客層というのは、ほとんど存在していない。
そもそも存在していない観客に向けて映画を作っても惨敗するのは、当たり前の結果なのではないか、ということだ。

では、なんでそんな観客が見向きもしない作品を作ってしまうのだろうか?
それは、ジブリの成功に対する、幻想、呪縛そのものなのかもしれない。

ジブリ、特にその存在を世に浸透させた「となりのトトロ」は、独立系であり、ファミリー層をターゲットにした作品であり、公開当時まだブランドも確立していなかった。
「となりのトトロ」も公開当時の興行成績は芳しく無かった、少なくとも同宮崎駿監督作品の「ナウシカ」「ラピュタ」よりも下だった。
そんな「トトロ」だったが後にTV放映、ビデオソフト化され広く知られるようになると、評価と人気が高まり現在のジブリブランドの確立を生む発端となった。

この成功法則にあやかりたい、子供向けでありながらオトナの鑑賞にも耐えうる質の高い作品を作れば、ファミリー層をターゲットにしつつ、ジブリを見ている高年齢の観客層にも関心を持たれるのではないか、たとえ興行成績で苦戦してもいずれ評価してもらえるのではないか、という幻想、呪縛がこういった作品が多く企画され製作される要因なのではないだろうか。

しかし、その幻想、というか期待は、ほぼ無理筋であることが、最近の作品の結果ではっきりとしてしまった。
まだ、再評価、ブランド化という道は残っているが、果たしてそういった長期的戦略目標を持っている作品がこの中にあるかどうかは、疑問だ。


では独立系アニメ映画が全て不振かといえば、例外もある。
それが細田守監督の作品だ。
しかし一点共通しない条件がある。それが、「小学生の子供が主人公のジュブナイル」ではない、ということだ。「時をかける少女」も「サマーウォーズ」も主人公は高校生で、主要ターゲットはファミリー層よりもやや上の中高生以上の一般的な観客層であり、キャラデザに貞本義行を起用することでアニメファンも視野に入っている点も大きな違いだろう。
そして次に公開が控えている「おおかみこどもの雨と雪」は前二作の成功が前提にあり、ブランドが確立しつつあるという強みももっている。
そして今回の「おおかみこども」は、ファミリー層をかなり意識した企画内容として見受けられる。

実はこの流れは宮崎駿監督の初期の流れに非常に似ている。
宮崎駿はナウシカ、ラピュタの頃は、アニメージュをホームグラウンドにしており、当初はアニメファンやマニアから支持される存在だったのが、トトロ、魔女宅で転機を迎え一般層、ファミリー層にも受け入れられる存在になった。
細田監督もデジモン、どれみなどでマニアから注目され、単館系上映だった時かけが口コミで広まり、映画ファンからも関心をもたれ、サマーウォーズで更に広くライトなアニメファン層、中高生にも浸透していった感があり、それを受けてのファミリー層を意識した「おおかみこども」という今回の流れである。
マニア、アニメファンからの支持から、ライト層、ファミリー層への浸透という流れは監督自身のブランド化のひとつの成功法則として見ることができるかもしれない。
が、作品の成功、ブランド化は必ずしもこうすれば上手くいくという成功法則なんてものは、現実には存在しないだろう。

しかし、少なくともノーブランドでジブリを意識したようなファミリー向け作品は、独立系としてやるには、最もハードルの高いジャンルであることはほぼ証明されてしまったといっていい。
「おおかみこども」が成功するか否かはまだ結果待ちだが、仮に「おおかみこども」を「時かけ」や「サマーウォーズ」をへずにいきなり作っていたら、細田監督でも、やはり惨敗するのではないだろうか。
もし、そういった子供向け、ファミリー層向けの作品をやりたければ、まず「ブランド」を確立することだ。
細田守監督は、意識しているかどうかは分からないが、その点で着実に足場を固めてきているといえる。


では、独立系アニメ映画は今後どうあるべきなのだろうか。

アニメ映画を見に劇場に足を運ぶという行為は、想像以上にハードルが高い。
特に作品に対する関心、興味の高さ、モチベーションがなければ、距離のある劇場にいくのは、自分自身も億劫になることがある。
だからこそ、TVシリーズの映画化や、有名原作、ブランドといった担保がアニメ映画を見に劇場に行くためのモチベーションとして大きな役割を果たすことは、間違いないし否定出来ない。
それがない独立系アニメ映画が苦戦するのは当然なのだ。

実際、深夜系のTVアニメの映画化作品の存在は特に最近注目度が高く、公開規模は小さくとも堅実な成績を残しているものが多い。
先日公開されたBLOOD-Cも地元の映画館での様子をみた限り短命打ち切りになるほどの不入りということもなく、それなりの客入りのようだ。
また昨年末公開された「けいおん」の劇場版は異例の大ヒットでロングランにもなった。
特に「けいおん」のヒットは深夜アニメを好んで見るごく狭い観客層だけでは、説明の付かない数字をたたき出していることを見れば、作品自体の浸透度、観客層の幅は、想像以上に広いのではないだろうか。
けいおんを劇場に見に来た層をそのまま、アニメ映画全体の潜在的観客層として捉えることは十分に考えられることではないだろうか。
仮にもし、京アニが、現在のブランドを生かして、TVシリーズの延長ではない独立系のアニメ映画制作に乗り出したとしたら、観客を間違いなく呼べると思う。
アニメ映画のターゲットをファミリー層、一般層という雲をつかむ存在だけに頼らず、確実に数字を出すライト層を含めたアニメファンに絞っていくのもひとつの戦略かもしれない。

独立系アニメ映画が戦っていくために必要な物は、監督でも、スタッフでもいいし、制作スタジオでもいい、観客の関心や興味を抱かせる「ブランド」というモチベーションであり、そのブランドを如何に確立していくか、という戦略ではないだろうか。
なぜ自分がももへの手紙や虹色ほたるといった作品を観に行くのかといえば、こういった作品には、高い技術を持ったスタッフ、アニメーターが多数参加していて、TVシリーズとは違ったものが見る事ができる、という日本の劇場アニメ全体、アニメーター、スタッフに対する信頼とブランドが自分の中に確立されているからだ。
結局は自分も「ブランド」という担保をモチベーションに劇場に足を運んでいるに過ぎない。
自分の様にアニメ映画、劇場アニメ自体にブランドとしての魅力を感じて劇場に足を運ぶ観客なんて、ホントにごくわずかしか存在していないだろう。、
では、自分のように、そういったアニメ映画というジャンル全体をブランドとして魅力を感じる観客が、今の十倍、二十倍存在したとしたらどうだろう。
先の結論で述べたように、そもそも虹色ほたるやももへの手紙のような独立系のアニメ映画を観に行く観客層も、市場も、今現在ほぼ存在していないに、等しい。
ならばそういったアニメ映画を、楽しみに見に来てくれる固定層、支持層を超長期的な視点で、育てていけばよいのだ。
ジブリは本来その役目をになっていてもおかしくない存在だが、ジブリはそのスタジオの性格から、自分たちは「映画」を作っているのであって、ジブリだけが成功していればアニメ業界全体のことは関心がないというスタンスがほの見えているので、全く期待はできないのが口惜しいところだ。

「アニメ映画全体のブランド化」は、ものすごく気の長い話で、超長期的戦略と業界全体の団結、協力がなければ不可能だろう。
自分で言っていてもかなりの思いつきの夢想でしかないよなあと、おもいつつもそれが実現すれば、もう二度と広い劇場で、観客数人でアニメ映画を見るなんて寂しい思いをせずにすむのに、と思わずにはいられない。

2012/06/05

劇場版BLOOD-C The Last Dark 感想

割りと批判も多かったTVシリーズですが、自分はけっこう楽しんで見れたので
完結編となる劇場版がどうなるか、気になっていたので、見て参りましたよ。

結論から言えば、、出来や内容にに関しては、まあまあ、概ね満足でした。
とはいえ過渡な期待をしていたわけでもないのですが。
あと、TVシリーズラストのスプラッタコメディな大虐殺とグロがなんだかんだで好きだったのだけど
劇場版は、普通にホラーアクションになっていたのは、ややがっかりというくらいです。

ただこの劇場版を見て、TVシリーズでは全く気づくことが出来なかった、文人の小夜への想いがはっきりとして、実は純愛の物語だったのだとわかることで、TVシリーズと劇場版を含めていろいろ腑に落ちたのは、よかったかなと。


※以下、本編ネタバレ有り

この映画のキーポイントは、TVシリーズでは七原文人がただの頭のイカレた金持ちぐらいにしか思えなかったのが、実は小夜の事が愛しくてたまらなくて頭がイカレてしまった金持ちだったことがわかるというところだと思う。
浮島地区での茶番も、ふるきものを使った実験、研究もすべて、小夜のためだったと。
減少していくふるきものが絶滅すれば、それを糧とする小夜もいずれ消えてしまう、それを阻止するために、人間をふるきものに変える実験を繰り返し、さらに自分に憎悪を向け復讐にやってくるが、人間を殺せない小夜のため、自ら人間であることを捨てる、小夜に殺されるために・・・

そんな文人に対し、人でない小夜は何を思い、何を感じていたのか。
直接語られることのない小夜の内面には、想像と解釈の余地が多分にあり、これが小夜と文人の交わることのない歪んだ純愛の物語として際立ち、映画としての大きな柱になっている。
実の所見る前と後で、作品の持っていたイメージがガラッとかわったなあ、と、この点についてはかなり面白かったし、良かったと思う。
また浮島地区で友達と思っていたクラスメートが全て演技で偽物だったという喜劇のような悲劇を演じさせられた小夜に、今回の話で、サーラットのメンバーという仲間と呼べるかどうか、という距離感の存在に出会うことで、小夜の孤独さや内面のゆらぎが際立つ様にTVシリーズと対比されるキャラ配置がなされていたのも、上手かったと思う。

惜しむらくは、最後の巨大なふるきものとのバトルがあっさりしすぎて盛り上がりに欠ける所。
デカイのキター、わははー、と思わせておいてなんの山場もなくすぐにやられてしまうという・・・
パンフを見たらそこは本来もっと尺があってアイデアもあったそうなんだけど、なんでなくしたし。
そこでのアクションシーンをもうちょっときっちりやりきっていれば、娯楽映画としての評価ももう少し上がったのでは、と思うのだけど。

だいたいこんな感じで、まあそこそこ好評の部類に入るのかな

あと水樹奈々ファン的に水樹奈々の低音ヴォイスの演技が堪能できるのと主題歌のMETROBAROQUEが作品イメージと相まってかなりかっこいい良曲になっていてその点でも俺得でした。




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