2012/06/16

なぜ独立系アニメ映画は惨敗するのか


・朝日新聞デジタル:とある映画の連敗記録 - 小原篤のアニマゲ丼 - 映画・音楽・芸能
http://www.asahi.com/showbiz/column/animagedon/TKY201205270088.html

こちらの記事を読んで、いやそのずっと前から悶々と思っていたことがあったのですが、ようやっと考えがまとまったのでつらつらと書いていきます。


ももへの手紙も虹色ほたるも、両方見に行ったのですが、やはり自分が見に行った時も、観客はわずかで、実際地元の映画館でも、両者とも三週目には午前一回の上映回数に追いやられ、一月と持たずに上映打ち切りとなってしまっていた。

この結果に対して、twitterやブログ感想で、危機感を募らせたり、嘆きが聞こえてきたりといった反応を目にする機会も多かった、
私自身、この結果は、非常に残念なことではあると思うのだけれど、自分としては、過去の経験から見る前に既にある程度予想できていたことなので、少し冷静にというか、ちょっと冷めて受け止めている。

なぜ、見る前から惨敗することが予想できてしまったかというと、2009年公開の「マイマイ新子」が同系統のアニメ映画として同じ経緯で、上映が短命に終わっていたこと、やはり同系統のアニメ映画として、2010年公開の「宇宙ショーへようこそ」も興行的には振るわなかったという現実があったからだ。

実の所、これらの作品に共通する点が多い。
まず、原作付き、オリジナルにかかわらず、TVアニメの映画化やシリーズ物の続編ではない単発の独立したアニメ映画であるということ。(適当な言葉がないのでここでは、これを独立系アニメ映画と称します。オリジナルというと語弊があるので)
もう一点は、小学生の子供が主人公のジュブナイル系の内容で、作品の主要ターゲットが、子供を含めたファミリー層であること。
そして、言う必要もないことだけれどジブリブランドではない、ノーブランドであること。
さらにもう一点付け加えるなら、主要スタッフや作画クオリティ、作品の質にに対するマニアの関心は比較的高いということ。

この条件が揃ったアニメ映画はコケる可能性がとても高い。
では、そういった独立系アニメ映画がなぜコケるのか、なぜ興行的に振るわず惨敗してしまうのか。

それぞれの作品は、公開規模や宣伝量にはかなり差があるにも関わらず、実際の結果には大きな差が見られないことを考えると、宣伝が足りない、認知度が足りないといったことは関係なく、こういった独立系アニメ映画、特ににジャンルがジュブナイル系のものを観に行く観客層はそもそもごく少数で、限られているのではないだろうか。

特にファミリー層をターゲットにしている段階で、ドラえもんやポケモンの様な定番の人気キャラを子供にせがまれて観に行く固定層から、シェアを奪わなければならないという困難な現実がある。
認知度の高い定番キャラを擁した作品に対して、地味なルックス、キャラ性の薄い児童文学然とした内容の作品はそもそもジャンルとして違うので、選択肢として比較されない。
むしろ比較対象となるのは、ジブリ作品になるが、ジブリというブランドの安心感でアニメ映画を見に行く非ファミリー層を含めた観客は、玉とも石ともわからない独立系のアニメ映画を観に行くほど、そもそもアニメ映画に感心を持っているのかというと、甚だ疑問だ。

結論を言ってしまえば、「虹色ほたる」や「ももへの手紙」のような作品を映画館に観に行く観客層というのは、ほとんど存在していない。
そもそも存在していない観客に向けて映画を作っても惨敗するのは、当たり前の結果なのではないか、ということだ。

では、なんでそんな観客が見向きもしない作品を作ってしまうのだろうか?
それは、ジブリの成功に対する、幻想、呪縛そのものなのかもしれない。

ジブリ、特にその存在を世に浸透させた「となりのトトロ」は、独立系であり、ファミリー層をターゲットにした作品であり、公開当時まだブランドも確立していなかった。
「となりのトトロ」も公開当時の興行成績は芳しく無かった、少なくとも同宮崎駿監督作品の「ナウシカ」「ラピュタ」よりも下だった。
そんな「トトロ」だったが後にTV放映、ビデオソフト化され広く知られるようになると、評価と人気が高まり現在のジブリブランドの確立を生む発端となった。

この成功法則にあやかりたい、子供向けでありながらオトナの鑑賞にも耐えうる質の高い作品を作れば、ファミリー層をターゲットにしつつ、ジブリを見ている高年齢の観客層にも関心を持たれるのではないか、たとえ興行成績で苦戦してもいずれ評価してもらえるのではないか、という幻想、呪縛がこういった作品が多く企画され製作される要因なのではないだろうか。

しかし、その幻想、というか期待は、ほぼ無理筋であることが、最近の作品の結果ではっきりとしてしまった。
まだ、再評価、ブランド化という道は残っているが、果たしてそういった長期的戦略目標を持っている作品がこの中にあるかどうかは、疑問だ。


では独立系アニメ映画が全て不振かといえば、例外もある。
それが細田守監督の作品だ。
しかし一点共通しない条件がある。それが、「小学生の子供が主人公のジュブナイル」ではない、ということだ。「時をかける少女」も「サマーウォーズ」も主人公は高校生で、主要ターゲットはファミリー層よりもやや上の中高生以上の一般的な観客層であり、キャラデザに貞本義行を起用することでアニメファンも視野に入っている点も大きな違いだろう。
そして次に公開が控えている「おおかみこどもの雨と雪」は前二作の成功が前提にあり、ブランドが確立しつつあるという強みももっている。
そして今回の「おおかみこども」は、ファミリー層をかなり意識した企画内容として見受けられる。

実はこの流れは宮崎駿監督の初期の流れに非常に似ている。
宮崎駿はナウシカ、ラピュタの頃は、アニメージュをホームグラウンドにしており、当初はアニメファンやマニアから支持される存在だったのが、トトロ、魔女宅で転機を迎え一般層、ファミリー層にも受け入れられる存在になった。
細田監督もデジモン、どれみなどでマニアから注目され、単館系上映だった時かけが口コミで広まり、映画ファンからも関心をもたれ、サマーウォーズで更に広くライトなアニメファン層、中高生にも浸透していった感があり、それを受けてのファミリー層を意識した「おおかみこども」という今回の流れである。
マニア、アニメファンからの支持から、ライト層、ファミリー層への浸透という流れは監督自身のブランド化のひとつの成功法則として見ることができるかもしれない。
が、作品の成功、ブランド化は必ずしもこうすれば上手くいくという成功法則なんてものは、現実には存在しないだろう。

しかし、少なくともノーブランドでジブリを意識したようなファミリー向け作品は、独立系としてやるには、最もハードルの高いジャンルであることはほぼ証明されてしまったといっていい。
「おおかみこども」が成功するか否かはまだ結果待ちだが、仮に「おおかみこども」を「時かけ」や「サマーウォーズ」をへずにいきなり作っていたら、細田監督でも、やはり惨敗するのではないだろうか。
もし、そういった子供向け、ファミリー層向けの作品をやりたければ、まず「ブランド」を確立することだ。
細田守監督は、意識しているかどうかは分からないが、その点で着実に足場を固めてきているといえる。


では、独立系アニメ映画は今後どうあるべきなのだろうか。

アニメ映画を見に劇場に足を運ぶという行為は、想像以上にハードルが高い。
特に作品に対する関心、興味の高さ、モチベーションがなければ、距離のある劇場にいくのは、自分自身も億劫になることがある。
だからこそ、TVシリーズの映画化や、有名原作、ブランドといった担保がアニメ映画を見に劇場に行くためのモチベーションとして大きな役割を果たすことは、間違いないし否定出来ない。
それがない独立系アニメ映画が苦戦するのは当然なのだ。

実際、深夜系のTVアニメの映画化作品の存在は特に最近注目度が高く、公開規模は小さくとも堅実な成績を残しているものが多い。
先日公開されたBLOOD-Cも地元の映画館での様子をみた限り短命打ち切りになるほどの不入りということもなく、それなりの客入りのようだ。
また昨年末公開された「けいおん」の劇場版は異例の大ヒットでロングランにもなった。
特に「けいおん」のヒットは深夜アニメを好んで見るごく狭い観客層だけでは、説明の付かない数字をたたき出していることを見れば、作品自体の浸透度、観客層の幅は、想像以上に広いのではないだろうか。
けいおんを劇場に見に来た層をそのまま、アニメ映画全体の潜在的観客層として捉えることは十分に考えられることではないだろうか。
仮にもし、京アニが、現在のブランドを生かして、TVシリーズの延長ではない独立系のアニメ映画制作に乗り出したとしたら、観客を間違いなく呼べると思う。
アニメ映画のターゲットをファミリー層、一般層という雲をつかむ存在だけに頼らず、確実に数字を出すライト層を含めたアニメファンに絞っていくのもひとつの戦略かもしれない。

独立系アニメ映画が戦っていくために必要な物は、監督でも、スタッフでもいいし、制作スタジオでもいい、観客の関心や興味を抱かせる「ブランド」というモチベーションであり、そのブランドを如何に確立していくか、という戦略ではないだろうか。
なぜ自分がももへの手紙や虹色ほたるといった作品を観に行くのかといえば、こういった作品には、高い技術を持ったスタッフ、アニメーターが多数参加していて、TVシリーズとは違ったものが見る事ができる、という日本の劇場アニメ全体、アニメーター、スタッフに対する信頼とブランドが自分の中に確立されているからだ。
結局は自分も「ブランド」という担保をモチベーションに劇場に足を運んでいるに過ぎない。
自分の様にアニメ映画、劇場アニメ自体にブランドとしての魅力を感じて劇場に足を運ぶ観客なんて、ホントにごくわずかしか存在していないだろう。、
では、自分のように、そういったアニメ映画というジャンル全体をブランドとして魅力を感じる観客が、今の十倍、二十倍存在したとしたらどうだろう。
先の結論で述べたように、そもそも虹色ほたるやももへの手紙のような独立系のアニメ映画を観に行く観客層も、市場も、今現在ほぼ存在していないに、等しい。
ならばそういったアニメ映画を、楽しみに見に来てくれる固定層、支持層を超長期的な視点で、育てていけばよいのだ。
ジブリは本来その役目をになっていてもおかしくない存在だが、ジブリはそのスタジオの性格から、自分たちは「映画」を作っているのであって、ジブリだけが成功していればアニメ業界全体のことは関心がないというスタンスがほの見えているので、全く期待はできないのが口惜しいところだ。

「アニメ映画全体のブランド化」は、ものすごく気の長い話で、超長期的戦略と業界全体の団結、協力がなければ不可能だろう。
自分で言っていてもかなりの思いつきの夢想でしかないよなあと、おもいつつもそれが実現すれば、もう二度と広い劇場で、観客数人でアニメ映画を見るなんて寂しい思いをせずにすむのに、と思わずにはいられない。

27 件のコメント:

  1. 兄沢が全力投球で語りそうな話だな。(らき☆すたで一番重要なものは金だ!ていってたくらいだから)

    返信削除
  2. 今敏もそうですよね

    返信削除
  3. 確かに京アニがオリジナルの映画作れば、かなり客は呼べると思う
    もちろん、かなり大掛かりな宣伝をすれば、って条件付きで
    しかも日常以降、ちょっとブランド力が落ちつつある気がするので
    オリジナルやる前に、けいおんハルヒとまでは言わなくても、またお祭りアニメが出る必要があると思います

    返信削除
  4. http://d.hatena.ne.jp/milmil01/touch/20100417/1271462883

    『河童のクゥと夏休み』は100館規模公開で結構ロングランし、興行収入3億5000万円だったようで比較的マシな部類に入るとは思うのですが、惨敗になるんでしょうか?
    最低でも興収6億円ぐらいないとペイしなさそうですが……。

    あとターゲットがずれますが『あらしのよるに』は17億円以上のヒットですね。
    『おまえうまそうだな』は2億円程度?のようですが……

    返信削除
  5. すごく納得です。
    新海誠と押井守はブランド化しているのだろうか?
    もしそうなら、ファミリー層向けで興行的に成功できる作品を
    (当人たちが作りたいか否かは別にして)
    ぜひ見てみたいです。

    返信削除
  6. ヲタに一定以上の評価を受けた監督のほとんどが陥る悪癖。
    押井も庵野もヤマカンも沖浦も、ヲタよりもカップルや
    ファミリーといった一般層に受ける作品を作りたがる。
    そして必ず失敗する。それが許されるのはジブリだけ。
    もっとヲタ好みの尖った作品を作れば普通に支持されるのに…

    返信削除
  7. 押井守監督は一般層に受ける作品を作ろうとしたこと、ありましたっけ??
    攻殻もイノセンスも(もちろんパト1パト2スカイクロラも)一見さんお断りじゃないですか。

    返信削除
  8. 京アニがオリジナルの映画と言うとムント劇場版ってことですか?
    OVAでこけてTVシリーズもこけて劇場なら巧く行くとは思えませんが

    返信削除
  9. 攻殻までならともかく、イノセンス・スカイクロラ
    あたりは明らかに一般層を意識して作られてるし、
    公開当時も「カップルに見て欲しい」とか言ってた。
    当然一般層は訳が分からず、攻殻のようなアクションを
    期待するヲタ側も拍子抜けする半端な作品になってる。

    返信削除
  10. ももへの手紙好きなんだけどなあ・・・

    返信削除
  11. コメントありがとうございます。
    少しだけ補足を。

    >河童のクゥ

    リンク先の記事ではクゥをメインに紹介していますが、クゥはコケたと私も思っていません。
    原恵一監督は、クゥの時点で、オトナ帝国、アッパレで監督としての知名度もあがり、ブランド化に道が出来ている途上の上での一作と見ることができるとおもいます。多少苦戦はしていてもカラフルにもつながっていますし。

    「あらしのよるに」と「おまえうまそうだな」は共に絵本原作で、ここでいうところの「ジュヴナイル系」というくくりから外れているので、今回の記事の想定には入っていません。

    先回りして言っておくとこの記事では「マジック・ツリーハウス」をどう考えるかについては保留しています

    返信削除
  12. たしかに「河童のクゥと夏休み」「Colorful」「ももへの手紙」はあの原監督のあの沖浦監督の作品だからと言うことで見に行った感じで、自分が中高生のアニメファンだったら見向きもしなかった題材だと思います。しかし(「もも」はまだ最終的には判りませんが)映画賞を多数受賞したり、DVDで鑑賞した人の評判が良好なのをネット等で見ていると、2008年に京都で原監督をゲストに迎えた上映会が地元のミニシアターであったとき、いわゆるアニメファンでない映画ファン(私含む)で満員だったことを喜びつつ、同時にこの大衆性が結局「マニア人気」で終わってしまうのかと複雑に感じもしました。
    細田監督だけが“独立系アニメ”(←うまい言い方)で一人勝ち状態なのは、やはりキャラクターデザインに人気者の貞本義行氏を据えているのは確実で、
    これが児童文学(ライトノベルに非ず)の絵柄だと確実に惨敗したことと思われます。萌えに媚びる(私も原監督同様、髪の毛がピンク色のヒロインなんてご勘弁)のは論外として、どんなに地味で硬い題材を扱って、いくら登場人物がどこにでもいそうな平凡普通としたキャラという設定でも、「ハレの場」である映画にはやはり美男美女が主役を務めないといまひとつ締まらないように(これは原監督が敬愛している木下恵介作品でも同様)、その点もう少し一考の余地はなかったのか?という気もするのです(ドジでぐうたらでパッとしない主人公を人気アイドルが演じた例なんて過去から現在までいっぱいありますし、宮崎アニメですら-若干そうとは見えづらいだけで-根幹をなすものは美少女とメカとスペクタクルですし)。ただインタビューで原監督が「いまの傾向の作品を突きつめる気はない」「やはりお客が入らないよりはいっぱい入ったほうが気持ちいい」(大意)と答えておられるので若干ホッとしてはいるのですが…難しい問題です。

    返信削除
  13. やはりキャラクターデザインに人気者の貞本義行氏を据えているのは確実で

    やはりキャラクターデザインに人気者の貞本義行氏を据えているのは絶対で

    のあと、間が空いた一行を詰めてから、この「やはり~」に始まる私による返信を削除していただければ幸甚です。

    返信削除
  14. >攻殻までならともかく、イノセンス・スカイクロラ
    >あたりは明らかに一般層を意識して作られてるし、
    >公開当時も「カップルに見て欲しい」とか言ってた。
    押井監督の言うこと(売り文句)を真に受けたらいけませんよ……。
    もしそうなら『攻殻機動隊2』と仮タイトルをつけられていた『イノセンス』で、前作見てないとワケわからん作品にはしないでしょう。

    『スカイ・クロラ』でも「若い人に見て欲しい」と押井監督が言ってましたが正直映画見て「昔と何もやってること変わってない……むしろ昔より悪化してる……」と頭抱えましたから。

    原監督の『カラフル』の興行収入を調べてみましたが104スクリーンで封切り初週土日の二日間で5000万円弱でした(最終興行収入は調べましたが見つかりませんでした)。
    『ホッタラケの島』が211スクリーン封切りの土日で6400万円なのでそれよりはスクリーンあたりの成績はいいですが……。
    『ブレイブストーリー』は最終興収20億円、『イノセンス』は10億のようです。

    「監督で客が呼べる」という意味での原恵一監督のブランディングは道半ばですが、
    果たして宮崎駿・高畑勲・出崎統・押井守(大友克洋もギリギリ入るか?)といった監督ブランド(高畑と出崎統は2000年以降に脱落した)にこれから比肩しうるか、というと疑問が……。
    あ、これは、二つ↑のコメントで京都みなみ会館や池袋新文芸坐での原恵一オールナイトに参加した、一人の原恵一監督ファンとしての意見です。

    「監督として客が呼べるブランド」という座に今一番近いのは細田守監督でしょうね。メディアの「ポスト駿」としての推しっぷりが日テレのジブリ推しを彷彿とさせますし、結果も出してる。

    http://sikoukairo2011.blogspot.jp/2012/06/blog-post.html?showComment=1339999033849#c7383516445526349654
     ↑
    前回は匿名で書き込みましたが流れをわかりやすくするため、今回は名前を出しました。

    返信削除
  15. 最近のアニメ映画はとにかく声優が糞
    棒読み芸能人使って学芸会見せられるかと思うと苦痛
    プロの声優か、劇団出身の演技ができる芸能人使わない限りそもそも見る気になれない

    返信削除
  16. ただ単なる話題づくりのためにタレントを起用して失敗した例なんて
    過去にいっぱいあるのに、彼ら“独立系アニメ映画”の監督たちが
    なぜ芸能人(しかもプロの俳優!)を使ってまでアニメを作ろうと
    するのか一度でも考えたことあるんだろうか?
    (何かというと“糞”という下劣きわまりないレッテル、そのままお返し
    する。)

    …と、こういった頭の芯まで“アニメ”(と“糞”)に毒されきっている
    オタクを見ていると、一般という客層なんて幻想でしかなく、やはりいくら
    理想を掲げたって、無理なものは無理な話なのかも…。

    返信削除
  17. 『河童のクゥと夏休み』の健闘は、
    文部科学省特別選定と日本PTA全国協議会特別推薦のダブル指定が効いた
    この2つをダブルで取ると文教振興対象として教育委員会が
    夏休みに学校でタダ券を配る都道府県が出てくるので、その下駄効果がある
    学校タダ件コースに乗れると相撲の若貴アニメですら良い成績を残す
    公開日を見てみると
    ブレイブ・ストーリー2006年7月8日 で夏休み頭ドンピシャ
    河童のクゥと夏休み=2007年7月28日 で夏休み頭ドンピシャ
    ホッタラケの島2009年8月22日
    マイマイ新子と千年の魔法2009年11月21日
    宇宙ショーへようこそ 2010年6月
    ももへの手紙2012年4月21日
    虹色ほたる2012年5月
    健闘したブレイブと河童のクゥが学童向け映画の定石である夏休前半公開
    他の失敗作が文科省PTAのW指定どころかこうか揖斐でさえ児童世帯無視
    この記事の本文では違う視点で顧客ニーズ無視の政策側の勝手な思惑での押付製作である事が示されているが
    総論の余地さえ無い最も基本的なデータである公開日から見ても
    失敗作は顧客の事情を考える事を放棄していることは明らかで
    それは作品内容からマーケティング、広報にいたるまでの
    露骨と言える顧客を上から目線で見下ろした抹香臭い文芸風教条主義という共通点に通低する

    児童、ファミリー向けで無い中成功した2作品も夏休み前半公開であることを指摘しておこう
    時をかける少女2006年7月15日
    サマーウォーズ2009年8月1日
    児童、ファミリー向け作品は当然、児童ファミリーがどのような生活をし
    どのような消費、娯楽行動、田舎や旅行などをするか何時期なら映画を見るか当然想定、把握すべきであって
    それさえ出来ない製作配給側が少年やファミリーに家族のあり方や社会のあり方などを教条的に高説をタレても
    全く現実の児童、ファミリーを無視した空論であって
    実在の児童、ファミリーにソッポを向かれるのは理の当然の帰結と言えよう

    返信削除
  18. 『あらしのよるに』は当時電通が作った「大人の絵本」ブーム
    に乗った形で原作が大ヒットした流れで公開されたのが強かった
    「大人の絵本」(大人も楽しめる絵本)ブームは
    左派系の絵本作家や出版に儲けさせる目的があり
    本作もその波に載った作品群の明星であった
    憲法9条の精神が活かされた内容の作品で新聞、民放、NHKで盛んに無料宣伝された
    絵本原作ではあるが決して子供、ファミリーがメインターゲットでは無かった

    『おまえ うまそうだな』は作られた絵本ブームが去ったのと
    『あらしのよるに』とのコンセプトの類似で二番煎と思われたのと
    メインキャストの「うまそう」の名の由来が
    宮崎コナンでのジムシーがペットに命名した「うまそう」のパクりでは無いかといわれたのも影響しているか

    返信削除
  19. 自分も同じような現象をここ数年感じていました。
    そしてその始まりは何かと考えたところブレイブストーリーが今の流れを決めたように思います。
    ブレイブストーリーは非ジブリでファミリー向け独立映画に本格的に挑戦し、興行的にはそこそこの成績を残しました。
    ただ一般の観客に「アニメってこんなもんか」という印象を残し、作品自身と2000年初期のアニメブームを忘れ去らさせたのではないでしょうか?

    返信削除
  20. 「ブレイブストーリー」にそれほどの悪印象を観客に与える力があったとは思えません。むしろ皆からほとんど忘れられかけていて、話題すら上がらない状態じゃないでしょうか。(それを言うなら「ゲド戦記」のほうが圧倒的だったはずです。公開前から評判は芳しくなく、公開後はいたるところで悪評紛々…にもかかわらずジブリブランドの威光で2006年の日本映画興収ナンバーワンという)。

    dpp様
    「抹香臭い文芸風教条主義」という表現がひっかかりますが
    作品自体が箸にも棒にもかからないのは論外(それこそ「ブレイブ」「ゲド」のように)として、やはり「商売っ気」「セールス」「マーケティング」というのは興業(ショウビジネスである以上絶対に必要…というのは私も同感です。
    (細田監督以外のマッドハウス作品なんか見ていると特に)

    返信削除
  21. >3番目の匿名さん

    京アニ オリジナル作品の劇場版 一応ムントの劇場版構成の『天上人とアクト人最後の戦い』があるけど… 結果はご存知のとおり

    完全に劇場版のためだけのオリジナル作品はまだないけどね
    そもそも京アニは少し前まで下請けだったぐらいだからww

    返信削除
  22. 映画「おまえうまそうだな」は絵柄と予告の作りがあまりにも小さい子とその親に向けたものだったせいで映画を見る客が狭くなったと思います。原作絵本が小さい子向けとその親向けのジャンルだから映画のターゲット層もそっちしたのかと思いますがこれは間違いだと思います。映画は絵本とはメディアが違うのですから、より多くの人に見てもらうような絵柄と予告にするべきだと思いました。
    予告を見ると、宣伝側や企画側は「だたの心温まる愛の物語」にしたかったのかもしれませんが、この時点でどうかと思います。

    原作絵本は幼児とその親向けとして発売されていますが決して「心温まる、可愛い所」ばかりではありません。映画本編でも絵柄や展開こそ変わったけど絵本同様に恐竜世界の厳しさを少なからず描写してたと思います。にも拘らず、映画の宣伝ではほのぼのシーンばかりピックアップされました。
    予告とかは本当に感動する所や見せ場のシーンを見せようとしていません。http://www.youtube.com/watch?v=OV4ZsYSfw6k

    幼児とその親に向けた映画で盛り上がったのは、プリキュアみたく既にTVシリーズで人気を確立した作品しか思いつきません。

    返信削除
  23. 上映する映画館でもすべてのスクリーンにその映画の広告が流れる訳ではないって事もお忘れなく(ターゲットから外れた作品に広告流し類友には流さないんじゃ誰も見に行かねえよ、意図的やってるとしか思えん)

    返信削除
  24. >マニア、アニメファンからの支持から、ライト層、ファミリー層への浸透という流れは監督自身のブランド化のひとつの成功法則として見ることができるかもしれない。
    が、作品の成功、ブランド化は必ずしもこうすれば上手くいくという成功法則なんてものは、現実には存在しないだろう。

    う~ん?
    けいおんは??ちがうの???

    返信削除
  25. >最近のアニメ映画はとにかく声優が糞


    顔出し俳優はずっと(20年くらい)糞だけどそこは認めないんだねW

    返信削除
  26. 京アニはハルヒ絶頂期にオリジナル劇場で盛大な爆死してんだけど?

    返信削除
  27. アニメの定義や括りに、すでに映画の配給用語で明確に歴史的に用いられてきている「独立系」という言葉を歪曲して使っちゃダメでしょう。

    読んでてバカバカしくなります。個人ブログ以外でこんなでたらめな用語の使い方は通りませんよ。

    アニメ、実写を問わず、「独立系」と言えば、
    全国規模の配給ルートを確保している大手メジャーに属さない製作スタジオまたは、単館程度の自主配給しかできない作品を「独立系」というんですよ。

    ですから、「独立系アニメ」という括りは、秋水さんのとんちんかんな定義以前に、明確に存在し正確な意味でもう使用されている言葉です。

    記事内容に即した、別の造語をお作りください。

    そして内容について感想を申し上げれば、こじつけと結果論ですね。
    IGというブランドで出資を募ったのは明らかでしょう。
    これがノーブランドであるならば、ジブリ以外のスタジオは全てノーブランドです。
    京アニなんてノーノーブランドでしょう。
    ファミリー映画を趣向している家族の誰が京アニなんて、オタクブランドをブランドとして認知していますか、京アニの存在すら知りませんよ。

    また、「ナウシカ」はアニメマニアやアニメージュの基礎票なんて関係ないとこで支持を集めました。一重に作品力です。

    「ももへの手紙」の興行成績が振るわないのは、単に映画に力がないからです。
    つまらないですもん。
    表面上はファミリー向けかもしれませんが、「ももへの手紙」の制作体制は沖浦というカリスマ一点突破主義の完璧なアートムービーですよこれ。

    こんな膨大な予算も人員も使わずタイトに、独立系アニメ(これが正しい使い方です)OHプロの「セロ弾きのゴーシュ」のような作品や興行を目指すべきなんですよ。
    そうすれば十分、興行的にも成功できるんです。

    途方もなく時間の掛かる沖浦によるアートムービーを、沖浦が納得するまで、人員と時間とその手間ひまを限りなく注ぎ込む環境を作るには、ファミリー映画の装いを施し広範に企業、マスコミから多額の出資を募る必要があったのです。

    そしてこのアートムービーにメジャーな訴求力を伴うような作品力が宿っていたならば、この公開規模ですからヒットもしたはずです。
    すべてはIG石川のミスジャッジでしょう。


    返信削除